目指せ“脱古豪” 熊本工業 強豪復活への一歩

目指せ“脱古豪” 熊本工業 強豪復活への一歩
100年以上の歴史がある夏の甲子園で、伝統校の一つとしてすぐ頭に浮かぶ学校、熊本工業。6年ぶりの大舞台は延長12回、史上21人目となる山口環生選手の劇的なサヨナラホームランで初戦を突破し、夏の甲子園で通算30勝目の節目の勝利を挙げました。背景には、ことし就任したばかりの新監督の”強豪復活”にかける強い思いがありました。

延長12回で決めたサヨナラ弾

山梨学院との1回戦。延長12回、息詰まる攻防に決着をつけたのは、熊本工業の7番・山口選手が豪快にバックスクリーンに運んだサヨナラホームランでした。

劇的な勝利は、夏の甲子園で通算30勝目。ことし4月に就任したばかりの田島圭介監督は、「頭が真っ白になった。率直にうれしい」と喜びをかみしめました。

6年ぶりの古豪出場

グレーが基調のユニフォームに、「熊工」の漢字。戦前の中等野球時代から甲子園のファンをわかせてきた熊本工業は、昭和7年夏に初出場して以来、準優勝3回、今大会が春夏合わせて実に42回目の甲子園です。

「強打」が伝統的なチームカラーで、OBには現役時代に「弾丸ライナー」の異名で知られ巨人の監督としてもV9を達成した川上哲治さんら、プロ野球で実績を残したそうそうたる強打者が名を連ねています。

しかし、夏の甲子園は去年までの10年間、秀岳館や九州学院などの台頭もあってわずか2回の出場にとどまり、今回が6年ぶりの大舞台でした。

若きOB監督の“粘り強い野球”とは

その熊本工業を率いるのが就任1年目の38歳、田島監督。自身も熊本工業のOBです。

「強い熊工」に憧れ、中学3年生だった平成8年夏、「奇跡のバックホーム」と呼ばれるプレーが今も語りぐさになっている松山商業との決勝をみて、「自分も熊工で甲子園に出て活躍したい」という思いが強くなったと言います。

2年生からエースとなりましたが、甲子園の土を踏むことはできませんでした。

それだけに甲子園から遠ざかる母校への思いは人一倍強く、「もう一度、強い熊工にしたい」とチームの立て直しに取り組んだのです。

目指したのは伝統の強打に加えて「粘り強い野球」です。

そのために、練習ではコミュニケーションを重視し、選手それぞれが自分で展開を理解し、状況判断できるようワンプレー、ワンプレーをおろそかにすることなく、徹底的に取り組んだのです。

そしてつかんだ甲子園への切符。

監督として初めて立つ憧れの舞台に、田島監督は、「甲子園の流れや雰囲気を感じながら思い切った采配をしたい」と意気込んで初戦に臨みました。

練習の成果は生きた…

試合は2点を先制される苦しい展開でしたが、4回に同点に追いつき、緊迫した展開に。3年生の先発・蓑茂然投手はランナーを出しながらも粘り強いピッチングを続けていました。

しかし、5回90球を投げたところで、みずから「相手打線にタイミングを合わされている」と監督に伝え、田島監督は6回から2年生の村上仁将投手にスイッチ。村上投手はここから期待に応えて7イニングを無失点で抑えました。

先発投手が緊迫した場面でも冷静に状況を分析し、みずから交代のタイミングを監督に告げた様子は、コミュニケーション重視の練習で培った選手の成長を感じさせました。

バックも堅い守りでピッチャーをもり立て、2対2のまま迎えた延長12回ウラ。13回からのタイブレークも頭によぎる中、1アウトからここまで4打席ノーヒットの7番・山口選手に打席が回ります。

この試合、山口選手はタイミングが合っておらず、田島監督は代打の起用も考えたと振り返りましたが、「1発長打のある山口を信じて、”自分のスイングをしてこい”」とそのまま打席に送りました。

その山口選手は、初球の速球を完璧にとらえて史上21人目となるサヨナラホームラン。伝統の強打に「粘り強い野球」をミックスさせ、監督としても甲子園初勝利を挙げた田島監督。試合後は「選手に感謝したい。まずは一安心です」と胸をなで下ろしました。

目指せ!“脱古豪”

実は意外にも熊本県勢は、まだ夏の甲子園で優勝したことがありません。

田島監督は「熊本工業が”古豪”と言われるのは心が痛い。もう1回、”強豪”に戻れるようにしたい。頂点はまだまだだが、1つ勝てたことは自信になる」と、ことばに力を込めました。

6年ぶりの夏の甲子園勝利で勢いをつけ、多くの先輩たちも成し遂げることができなかった全国制覇へ。熊本工業の新たな挑戦が始まりました。