「家族に笑われない生き方を」東日本大震災 墓前で祈り

「家族に笑われない生き方を」東日本大震災 墓前で祈り
東日本大震災の発生から8年4か月となる11日、宮城県東松島市では、津波で家族3人を亡くした男性が墓の前で祈りをささげました。
津波で大きな被害を受けた東松島市野蒜地区に自宅のあった菅原節郎さんは、妻の郁子さん(当時53歳)や長男の諒さん(当時27歳)など家族3人を失いました。

月命日の11日、菅原さんは3人の墓を訪れ、線香に火を付けて供えたあと祈りをささげました。

墓には、郁子さんが習いたいと話していた弦楽器のほか、諒さんが美容関係の仕事をしていたことにちなんでドライヤーの形があしらわれています。

菅原さんは「ここに来ると3人に笑われない生き方をしなくてはという思いになる。震災の風化は進むが、生活を立て直したことを伝え、忘れられないようにしたい」と話していました。

このあと菅原さんは、東松島市で犠牲になったおよそ1100人の名前が刻まれた市の復興祈念公園の慰霊碑も訪れました。

慰霊碑は、過去に起きた災害の教訓を伝えるため、国土地理院が新たに設けた地図記号「自然災害伝承碑」に登録されたばかりです。

菅原さんは「亡くなった多くの人の名が刻まれていて、この人たちのためにと自分を鼓舞している。災害に対する心構えをしてもらう大事な場所だと思う」と話していました。

福島 浪江町で一斉捜索

福島県内の沿岸部では、警察学校で学ぶ新人警察官などが今も行方が分からない人たちの一斉捜索を行いました。

東日本大震災の津波などで福島県内では1614人が犠牲になり、今も196人の行方が分かっていません。

一斉捜索は、月命日の毎月11日やその前後に行われていて、浪江町の棚塩海岸ではこの春採用され警察学校で学んでいる新人警察官など108人が参加しました。

警察官たちはくわで砂を掘り起こしたり金属探知機を使ったりして行方不明者の手がかりを探しました。

今回の捜索では骨のようなもののほか運動靴や子どものおもちゃなどが見つかったということです。

浪江町出身で警察学校で学んでいる佐藤諒太巡査は「昔からよく来ていた場所なので、懐かしいと思うと同時に何もなくなってしまったなと感じます。頑張って行方不明の方を見つけたいと思います」と話していました。