いま“ひきこもり”が問いかけること

いま“ひきこもり”が問いかけること
「ひきこもりである以前に、みんなと同じ悩みを抱えたひとりの人間なんです」
「40代以上の人間にとってこれから社会が変わろうと、絶望しか待っていないような気がします」

ひきこもりの当事者や経験者の声です。
川崎の殺傷事件に、東京・練馬の農林水産省の元事務次官が長男を刺した事件…。「ひきこもり」がキーワードになる事件が相次ぎ、ネットやマスコミには「ひきこもり」に関わる言説があふれています。

いま、当事者のひきこもりの人やその家族たちは何を思っているのでしょうか。(ネットワーク報道部記者 高橋大地 管野彰彦)

特設サイトに続々、ひきこもり当事者の声

「川崎の事件、元事務次官の事件を受けていまさらひきこもりをどうにかしろという議論になり戸惑っています。仕事に就いていないことが悪みたいに報道されていましたが、挫折者にとって40代からの就労というのは地獄だと思います。なぜ日本は働こうとすると要求されるスキルが高いのか、考えるだけでつらいです。40代以上の人間にとってこれから社会が変わろうと、絶望しか待っていないような気がします」

「『ひきこもり』という言葉自体が社会から疎外されている印象がある。なりたくて『ひきこもり』になったわけではなく、就職活動を何度も何度も繰り返して挑戦しても書類ほぼ落ちるのです。公的機関に相談しても逆に心身共に追い込まれたのが現実です」
事件のあと、NHKの特設ウェブサイト「ひきこもりクライシス“100万人”のサバイバル」に寄せられた声です。

去年のサイトオープン以来、ひきこもりに関する社会問題や新しい取り組みなどについての記事や動画を掲載してきましたが、先月、川崎の殺傷事件が起き、容疑者が「ひきこもり傾向にあった」と報道されたあと、次から次へとこうした意見が寄せられています。

モンスターみたいに思われている

多くの当事者や経験者は同じような思いを抱えているのではないか。
ひきこもりの当事者たちが自身の体験や思いをつづる「ひきポス」という雑誌に記事を執筆している3人に事件についての思いを聞きました。
そのうちの1人、30代後半の男性Aさんは、中学の頃のいじめがきっかけで10年以上ひきこもりました。事件について聞くと、「ツイッターの反応を見ていたら『中高年のひきこもり、およそ60万人は悪魔の予備軍』という反応が目に留まって。ひきこもりという存在が、部屋に閉じこもったままの、まるでモンスターのように思われているという…。これが一部の人たちだけでなくて、一般の多くの人がそう思っているかもしれないと思うと、絶望しました」

男性はつらい胸の内を、そう明かしました。

ひきこもりの前に同じ人間

また、大学院の時から断続的にひきこもった経験がある石井英資さん(36)は、「ひきこもりは、今回の事件で『犯罪者予備軍』という負のレッテルが貼られてしまいました。自分もひきこもっている時に『働かざる者食うべからず』と思われて苦しんで、自分を徹底的に追い詰めていたけれど、さらに『犯罪者予備軍』が加われば、当事者はみんな無力感を覚えてしまいます。でも、私たちも同じような悩みを抱えている人間です」と話しました。

練馬の事件は防げたかもしれない…

44歳の長男を刺した農水省の元事務次官の父親は、「川崎の事件を見ていて自分の息子も周りに危害を加えるかもしれないと不安に思った」という趣旨の供述をしています。
これについて、「ひきポス」の編集長で、自身も引きこもり経験がある石崎森人さん(35)は、悔やんでいることがあると言います。「川崎の事件から、また事件が連鎖のように起きてしまっています。父親と息子がお互いに偏見を持っている不幸な状況だったのかもしれません。『ひきこもりだから事件を起こすかも』という不信の目で見られたら怒りも感じるし、傷つきます。『ひきこもりだからといって犯罪を起こすわけではないですよ』と私たち、当事者がもっと発信するべきで、もしそれが容疑者の父親に届いていたら防げたんじゃないかと思うんです」

世界で自分1人がひきこもっているわけではない

また、30代の男性Aさんは、自分が当事者の会で救われた経験を話してくれました。

「亡くなった息子さんも、私たちのいる当事者会に来て話してくれていたら、気持ちが和らいだかもしれない。息子を刺してしまった父親も家族会で人と話すことでここまでは追い詰められなかったかもしれない。自分の経験でも、ひきこもって孤立している時は、世界で自分1人だけがひきこもっていて、世界のすべては味方でなくて、対話もできない、気持ちも分かち合えないと思ってしまうんです。でも当事者会に出ると、同じように10年とかひきこもっている人もいて、自分だけが戦わないといけないとか思っていたのが軽くなったんです。もし同じような思いを抱えてる当事者や家族が居たらぜひ、そうした会を訪ねて欲しいです」

息子は何度も死にたいと言った

では、ひきこもりの子どもを持つ親は、事件をどのようにとらえているのでしょうか。

今月1日、東京 大田区で開かれた、ひきこもりの当事者や家族など、およそ40人が参加した「ひきこもり親子 公開対論」という集まりでは、川崎市の事件が話題に上りました。
会を主催したひきこもり当事者のぼそっと池井多さん(57)は、「ひきこもりであろうと、エリートサラリーマンであろうと、1人の人間を社会が追い込んでいくことが事件を起こすのではないか。ひきこもりを恥ずかしいことだと考えるのではなく、もっとみんなが語り合うことができれば、今回のような事件は起こらないのではないか」と呼びかけました。
会場を訪れていたひきこもりの子どもを持つ親の方々に話を聞いたところ、50代の息子がひきこもりだという80代の母親は、事件によって、世間がひきこもりは怖いといった誤解を招くのではないかと危惧していました。

そのうえで、「事件についての報道は痛ましくて息子は見たがりませんし、テレビをつけると、どこも事件のことを放送しているので、途中でスイッチを切ってしまいました。2人で話もしましたが、残酷で長い話はできませんでした。ほとぼりが冷めないとできないと思います。息子は過去に何度も『死にたい』という話をしていたことがあります。ひきこもりの人のなかには楽に死にたいと思う気持ちを持たない人のほうが少ないのではないでしょうか」と話していました。

そして、必要な支援については、「薬は人間だと思います。年配の人でも若い人でもいいので、息子の立場をわかってくれて、話をしてくれる人を探しています。遊びに来てくれるような人がいてくれたらいいなと思っています」と話しました。
また、40代の息子がひきこもっているという70代の父親は、「ひきこもりについて、世の中の理解が進んでいない以上、ひきこもりと事件を結びつける見方が出てしまうのはやむを得ないかもしれません。ただ、ひきこもりといっても事情はさまざまです。それが一つの言葉でくくられてしまうのはとても困ります」と話しました。

一方で男性は、「もう20年を超えてひきこもっていると、この先どうなるかというのはやはり心配です。自分の子どももほんのわずかな心配ではありますが、事件を起こしてしまうのではないかと、ふと思うことがあります。ひきこもりの子どもをもっている親は皆さん、うちはそうではないと思いながら、心のどこかでひっかかっているのだと思います」と複雑な思いを打ち明けてくれました。

問題を抱え込まないで

ひきこもりの人や家族の取材を続けているジャーナリストの池上正樹さんは「私の元にも『ひきこもっている子どもを殺して自分も死ぬ』と父親が言って、大げんかになったという相談のメールが母親から寄せられるなど、不安を訴える声がたくさん届いている。ひきこもりの子どもがいる家庭では似たような状況が起きているところも多いと思う」と話しています。

そして「ひきこもっているから事件を起こすというようなことはないので、家族の皆さんは心配をする必要はありません。川崎の事件の場合は容疑者自身に何かしらの事情があったのだと思います。ひきこもっている本人に『ひきこもり』だとかぶせるように言ったり、ひきこもっていることを悪く言って存在を否定したり、働けなくて家に居るのに、『働け』というなど傷口に塩を塗って追い込むようなことはしないでほしい。追い詰めることで、ものに当たったり、まれに家族に暴力をふるったりすることなどはあっても、それが外の人に向かって事件を起こすということにつながるわけではありません」と話しています。

そのうえで、問題を抱えこまないことが大切だと指摘しました。「周りに知られたくないと思い、問題を抱え込んでしまうと、家族それぞれがストレスを抱え煮詰まって悲劇につながってしまいます。家族会などに出て、同じような当事者を抱えた人たちにつながると理解し合えたり、ヒントになるような気づきを得られるので、情報を共有するようにしてほしい」

“ひきこもり”が問いかけること

川崎や練馬の事件をきっかけに、にわかに注目が集まっている「ひきこもり」の存在。そして、ネットやマスコミにあふれかえる“偏見”や“無責任な言説”。それに振り回されまいとする、ひきこもりの当事者や家族たち。これまで「ひきこもり」を忘れられた“見えない存在”として、いわば見て見ぬふりをしてきた社会のあり方、そのものが問われている気がします。