神戸 児童連続殺傷事件から22年 被害者の父親が手記

神戸 児童連続殺傷事件から22年 被害者の父親が手記
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平成9年に神戸市で起きた児童連続殺傷事件で、小学6年生の男の子が殺害されてから24日で22年です。男の子の父親は報道各社に手記を寄せ、「なぜ、命が奪われなければならなかったのか、答えを求め続けている」とつづりました。
平成9年に神戸市須磨区で起きた児童連続殺傷事件では、小学6年生の土師淳くん(当時11)が当時14歳の少年に殺害されました。

事件から22年になるのに合わせて、淳くんの父親の土師守さん(63)は報道各社に手記を寄せ、淳くんの命日を前におととしまで届いていた加害者の元少年からの手紙が、去年に続きことしも届いていないことを明らかにしました。

そのうえで土師さんは「なぜ、私たちの次男の命が奪われなければいけなかったのか、という問題について私たちは真の解答を求め続けています。そのためには、加害男性が、みずからが犯した残忍な犯罪に向き合い、真実を導き出す必要があると思いますが、その手段として手紙を書くという行為は重要な意味を持つことだと私は考えています。この問題の解答を得ることは難しいことだと理解していますが、今後も諦めずに求め続けていきたい」とつづりました。

土師さんは「『平成』は、少年による事件も含め、凶悪な犯罪が数多く発生した時代でもありました。新しい『令和』の時代は、犯罪被害者を含め弱者に優しい時代になってほしい」とつづって手記を結んでいます。

土師守さんの手記 全文

土師守さんは、事件から24日で22年となるのに合わせ、今の心境をつづった手記を報道機関に寄せました。
その内容です。

「この5月24日は、私達の次男の「淳」の23回忌になります。
元号が平成から令和に変わりましたが、私達家族の子どもへの想いは変わることはありません。

今年も、加害男性からの手紙は届いていません。
以前から言い続けていることですが、何故私達の次男の命が奪われなければいけなかったのか、という問題について私達は真の解答を求め続けています。
そのためには、加害男性が、自らが犯した残忍な犯罪に向き合い、真実を導き出す必要があると思いますが、その手段として私達に手紙を書くという行為は重要な意味を持つことだと私は考えています。
この問題の解答を得ることは難しいことだと理解していますが、今後も諦めずに求め続けていきたいと思います。

昨年6月に解散した「全国犯罪被害者の会(あすの会)」は、2000年に元日弁連副会長の岡村勲弁護士を中心にして設立され、18年間の活動期間の中で、犯罪被害者を取り巻く環境を劇的に変えた団体であったと思います。
『あすの会』は、被害者問題においては大きな幹の部分を作ったことは間違いありませんが、被害少年やその兄弟たちへの支援、自治体の犯罪被害者支援条例の制定の推進など多くの課題が残されていると思います。

関西では元「あすの会」会員有志で「つなぐ会」を設立し、被害者問題に継続的に関わっていこうとしています。
私も参加していますので、今後も被害者問題の改善に向けて可能な範囲で活動を続けていきたいと思っています。

この5月1日で元号が「令和」に改元されました。
「平成」は、少年による事件も含め、凶悪な犯罪が数多く発生した時代でもありました。
新しい「令和」の時代は、犯罪被害者含め弱者に優しい、そして暮らしやすい時代になって欲しいと願っています。

令和元年5月24日土師守 」