広島 原爆資料館本館 リニューアルオープン

広島 原爆資料館本館 リニューアルオープン
原爆投下から70年余りがたち被爆の実態を次の世代にどう伝えていくのかが課題となる中、広島市の原爆資料館の本館が、展示の内容や方法を28年ぶりに大幅に見直し、リニューアルオープンしました。
原爆資料館では、関係者が出席して記念の式典が開かれ、広島市の松井市長が「核兵器のない世界の実現を願う広島の心を社会の共通の価値観にしていくという役割をこれまで以上に果たしていきたい」と述べました。

原爆投下から10年後の昭和30年に開館した広島市の原爆資料館の本館は、おととしから閉館して耐震化などの改修工事が行われ、平成3年以来28年ぶりに展示の内容や方法が大幅に見直されました。

館内では、当時、爆心地周辺で人々が見た光景や、犠牲者一人一人がどのようにして亡くなったかなど、被爆の実態をこれまで以上に分かりやすく伝えようと、亡くなった子どもたちの衣服など、実物を中心にする形で数多くの遺品が展示されています。

25日は、午前8時半の開館から国内外の人たちが大勢訪れ、一つ一つの展示について時間をかけながらじっくりと見つめていました。

原爆資料館の滝川卓男館長は、「遺品などを見て、被爆者の『魂の叫び』を聞いてほしい。被爆者の平均年齢が82歳を超えるなか、未来永ごうに広島の思いを世界中に伝えていく使命を背負っているので、不断の努力をしていきたい」と話していました。

来館した人たちの声「遺品と遺影見るととても悲しい」

母親の背中で被爆して亡くなった2歳の子どもが当時、身に着けていた下着を見ていた群馬県の64歳の女性は、「同じ2歳の孫がいるので、未来がある子がこういうことになって、この遺品と遺影を見るととても悲しい」と話していました。

学徒動員の作業中に亡くなった、当時13歳の男子生徒の遺体とともに見つかった、焼け焦げた弁当箱を見ていた鳥取県の小学6年生の女の子は、「お弁当を食べられずに亡くなったということを考えると、とても悲しくなった。戦争は絶対にいけないことだと思う」と話していました。

大阪府から訪れた70代の男性は「あまりにむごいとしか言いようがありません。自分だったらと想像してジーンときてしまいました。こういうことを二度と繰り返してはならないと感じました」と涙ぐみながら話していました。

大分県から訪れた80代の女性は「初めて訪れましたが、すべての展示に驚かされました。みんな焼けただれてしまって本当にかわいそうでした。ことばが見つかりません」と話していました。

神奈川県から娘とともに訪れた50代の女性は「実際の写真などを見て心に迫ってくるものがありました。当時、子どもを亡くしたお母さんがたくさんいたと思うと、見ていられませんでした。こんな悲惨なことがないような平和な時代であってほしいです」と話していました。

訪れた外国人は

デンマークから訪れた50代の女性は「とても痛ましい内容でした。一人一人の衣服など遺品を見ることで、当時のことがよく理解できました。自分の国の人たちにもここを訪れてほしい」と話していました。

アメリカから訪れた20代の男性は「子どもたちの衣服やそれぞれの被爆体験がとてもリアルで心に響きました。原爆は恐ろしいものだと思います」と話していました。

フィリピンから訪れた30代の女性は「どうして広島の人たちが犠牲になってしまったのかと考えると涙が出そうでした。誰もこんな最期は望んでいなかったと思います。同じようなことが二度と起こらないことを願います」と話していました。