「オリンピックおじさん」送る会 全員で三三七拍子

「オリンピックおじさん」送る会 全員で三三七拍子
「オリンピックおじさん」の愛称で親しまれ、先月92歳で亡くなった山田直稔さんを笑顔で送ろうという会が、東京 江東区で開かれました。
山田直稔さんは、1964年の東京オリンピックから3年前のリオデジャネイロ大会まで、14大会連続で夏の大会の会場を訪れて選手たちを応援し続け、「オリンピックおじさん」の愛称で親しまれましたが、先月、92歳で亡くなりました。

山田さんの誕生日にあたる16日、東京 江東区で「ありがとうの会」が開かれ、応援を通じた知人など大勢の人が参列しました。

会場には、応援する山田さんの写真や、特注の応援用ジャンパーなどゆかりの品々が展示されました。

最後の応援となったリオデジャネイロ大会の閉会式のセレモニーで使われたという帽子は、式のあと、現地のボランティアから山田さんがもらったものだということです。

会では、1992年のバルセロナ大会以降、7つの大会で応援をともにした石川恭子さんが、「人類の平和と友好のために半世紀を費やした山田さんに心から感謝します」と述べました。

そして、全員で三三七拍子をして山田さんを送りました。

別れを惜しんだ参列者は

「ありがとうの会」に参列した星野昇さんは、1964年の東京大会の会場で山田さんと知り合い、親しいつきあいを続けてきました。

星野さんは、山田さんおなじみの金色のシルクハットに羽織はかま姿の等身大パネルの肩に手を置き、そっと涙をぬぐっていました。

星野さんは「東京オリンピックまでなぜ待てなかったのか。残念だと思います。ことばもありません」と話していました。

また、オリンピックの応援仲間の滝島一統さんは「応援しようというやさしい気持ちを盛り上げるのがうまい方でした。東京オリンピックに向けて、できるかぎり頑張って応援したいと思います」と話していました。