原爆ドームの絵 描き続けた 原廣司さん死去 87歳

原爆ドームの絵 描き続けた 原廣司さん死去 87歳
原爆の悲惨さを訴えるため3300枚以上の原爆ドームの絵を描き続けてきた被爆者の原廣司さんが14日、広島県坂町の病院で亡くなりました。87歳でした。
原さんは、13歳の時、原爆投下の翌日に広島市に入り、被爆しました。

原爆ドームは犠牲者の無念を代弁する象徴だとして、多くの人が亡くなった近くを流れる元安川から水をくんで絵の具を溶き、およそ30年にわたって描き続けてきました。

柔らかいタッチが特徴でこれまでに描いた絵は3300枚以上に上りますが、おととし、体調を崩して介護施設に入所してからは、原爆ドームに通って絵を描くことは難しくなっていました。

それでも、集大成として縦横が1メートル余りある大きな油絵に挑戦し、家族の付き添いでたびたび自宅に戻って制作を続け1年以上かけて完成させました。

その後、この油絵は原爆ドームの近くにある本川小学校に寄贈されました。

原さんは、広島県坂町の病院に入院していましたが、14日、悪性中皮腫のため亡くなりました。

おととしのNHKの取材に対し原さんは「原爆ドームは一貫して核兵器廃絶と世界の恒久平和を願っている。平和の大切さと、核兵器は要らないという被爆者の願いを絵を通して、子どもたちに伝えたい」とことばを寄せていました。