熊本地震3年 熊本県庁で追悼式

熊本地震3年 熊本県庁で追悼式
震度7の揺れに2度にわたって襲われた一連の熊本地震から3年となり、熊本県庁で追悼式が行われました。
一連の熊本地震では災害関連死を含めて273人が犠牲になりました。

追悼式は午前10時から始まり、参列した遺族など全員で黙とうをささげました。

熊本県の蒲島知事が「今なお1万7000人近い方々が仮設住宅での生活を余儀なくされています。一人一人の気持ちに寄り添い、すべての方が恒久的な住まいを確保できるよう全力で取り組んでいきます」と述べました。

このあと、遺族を代表して熊本県南阿蘇村で被災し79歳だった妻のフミヨさんを亡くした増田敬典さん(81)が「4月16日の夜、まさかの本震が私たちを襲い、妻は全壊した自宅の下から救い出されましたが、息を吹き返すことはありませんでした。南阿蘇村は60年間、妻と過ごしてきたふるさとです。今後も自立した生活を送ることで、亡き妻のためにも微力ながら復興の力になりたい」と述べました。

そして、参列者が順番に祭壇に歩み花を手向けていました。

亡くなった大学生の両親 遺影を抱いて参列

地震で崩落した阿蘇大橋の近くで行方が分からなくなり、およそ4か月後に見つかった熊本県阿蘇市の大学生大和晃さん(当時22)の両親は遺影を抱いて追悼式に参列しました。

追悼式のあと、父親の卓也さんは「3年間は瞬く間に過ぎていき、晃がまだそこにいていつでも帰ってくるような気がします。目に見える復興とは裏腹に生活面の再建はまだまだだと思います」と話していました。

母親の忍さんは「晃に会えなくなった分だけ思いは募るばかりです。晃や亡くなった方たちが天国で穏やかにいてほしい」とことばを詰まらせながら話していました。

地震で転院した娘亡くした母親「3年たっても悔しい」

重い心臓病のため熊本市民病院で治療を受けていた宮崎花梨ちゃん(当時4)は地震のあと、建物の耐震が不十分で倒壊のおそれがあるとして転院を余儀なくされ、その後、亡くなりました。

14日の追悼式に両親は、にっこりと笑った花梨ちゃんの写真と大好きだった犬の縫いぐるみを手に参列しました。

式のあと、母親のさくらさん(40)は「3年がたった今も、どうにか生きられる方法が無かったのかと悔しさが込み上げてくる。娘が帰ってくるわけではないので、『復興』ということばを聞くとつらい。二度と私たちのような思いをする人が出ないようにしていきたい」と話していました。

熊本城二の丸広場でも黙とう

熊本地震から3年となる14日、熊本城の二の丸広場では、午前10時のサイレンに合わせて男性が黙とうをささげていました。

3年前から熊本城内の見回りや観光客への案内をしている男性は「早かったという感じです。3年前からずっと城が再建される様子を見てきました。熊本城は日本一だと思っています。早くみんなも元気になってほしい」と話していました。