イチロー選手引退 一夜明けても感謝や惜しむ声が

イチロー選手引退 一夜明けても感謝や惜しむ声が
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大リーグ マリナーズのイチロー選手の現役引退表明から一夜が明け、感謝の声や引退を惜しむ声が相次ぎました。

母校 愛工大名電高校 中村元監督「ぜひ若手の指導に」

イチロー選手の母校、愛工大名電高校で当時監督だった中村豪さんは「よく頑張ってここまで現役を続けたと思う。今後はぜひ若手の指導にあたってほしい」と話しました。

中村さんは愛知県西尾市の自宅で取材に応じ、イチロー選手の引退について「50歳まで現役選手として続けると思っていたので驚きました。試合の最後にチームメートと抱き合っていた姿を見て、『信頼されているんだな』と思い、うれしかったです」と話しました。

また、「昔から野球に対する愛が人一倍強い選手でした。朝方、グラウンドの隅で1人で素振りをしていて、それを見た後輩が幽霊と勘違いしたことがあったほど、努力型の選手でした」とイチロー選手の高校時代を振り返りました。

そして、今後については「今まで培ってきたノウハウを若い人に伝えてほしい。イチロー選手がどういう指導者になるのか楽しみです」と指導者として後進の指導にあたることを期待していました。

母校の後輩は

母校の愛工大名電高校の野球部の後輩たちも引退を惜しんでいます。

イチロー選手に憧れて野球を始めたという2年生の稲生賢二選手は「きのうの試合を見て、チームメートにもファンにも愛されているすばらしい選手だと感じました。憧れといったらイチロー選手しかいません。人間的にもすばらしい人だと思うので、これからも応援していきたいです」と話しました。

同じ外野手で2年生の河村竜生選手は「イチロー選手のレーザービームと呼ばれる矢のように低い送球に憧れて少しでも近づけるように頑張ってきました。引退はとても悲しいです」と話していました。

また、当時コーチとしてイチロー選手を指導していた倉野光生監督は「50歳までやると思っていたので、何かの間違いじゃないかと思うほど驚きました。高校生の時から野球への思いの深さ、向き合う姿勢がすばらしかったです。これからも違う形で野球に関わってくれると思います」と話していました。

子どものころ通ったバッティングセンターでは

イチロー選手の出身地、愛知県豊山町のバッティングセンター「空港バッティング」は、イチロー選手が小学3年生から中学3年生まで毎日のように通っていたことで知られています。

父親と静岡県掛川市から訪れたという小学4年生の男の子は「イチロー選手が練習していた場所で練習したら、自分もうまくなるかなと思って来ました。勇気やパワーがついたかなと思うし、将来はイチロー選手みたいにヒットをたくさん打てる選手になりたいです」と話していました。

また、バッティングセンターの運営会社の前田岩夫社長は「とうとうその時が来たかという感じです。長い間、いろいろ元気をくれて本当にご苦労さまでしたと言いたい」とイチロー選手をねぎらいました。
そのうえで、「彼の野球人生の中で1つの折り返し点。今後は指導者としてエキサイティングで楽しい野球を展開してほしい」と、これからの活躍を期待していました。

バット職人「バット作れないのは寂しい」

2009年からイチロー選手のバットを手がけてきた大手スポーツ用品メーカーのバット職人、名和民夫さん(52)は「もうバットが作れないのは寂しい」と心境を語りました。

イチロー選手のバットは、オリックス時代から岐阜県養老町にある大手スポーツ用品メーカーの工場で作られていて、2009年からは名和さんが担当し、これまでに1000本近くのバットを手がけてきました。

2008年のオフに初めてイチロー選手と会ったという名和さんは「『作り手が変わるのには不安がある。覚悟を持って仕事に臨んでほしい』と言われたことが印象に残っている」と振り返りました。

そのうえで、「自分のバットで本当によかったのかなという思いもあるが、数々の記録を作ってくれたのはうれしい。もう作れなくなるのは寂しいが、これからも広く野球界に貢献されると思うので、そのサポートをしていきたい」と話していました。

横綱 白鵬「19歳の私を覚えていた」

大相撲の横綱 白鵬は、イチロー選手の引退について「体が体ですし、まず考えられない」と述べ、大リーグの選手としては小柄な体格にもかかわらず45歳まで現役でプレーしたイチロー選手の偉大さを語りました。

そして、引退会見の中でイチロー選手がプロ3年目のシーズンに大活躍したことで注目を浴びるようになったことを「番付が上がった」と表現したことに触れ、「会見で番付ということばを使っていましたね。相撲が好きなのが伝わってきました」と笑顔で話しました。

そのうえで、「日本のプロ野球で番付を上げて海外に行ったことで、目に見えないプレッシャーもあったと思うが、大リーグでさらに番付を上げた」と功績をたたえました。

また、イチロー選手との思い出については「一度、食事をした時、大きなあやまちをした。『初めまして』とあいさつしたが、初めましてじゃなかった」と振り返り、「先輩力士の引退相撲にイチローさんが来た際に、当時19歳だった白鵬少年が案内した。その時は、大リーガー、イチローさんは知らなかった。イチローさんは覚えていたのだと思う。自分も記憶力はいいほうだが、上には上がいた」と、今月34歳となった横綱が当時のエピソードを紹介していました。

さらに、白鵬が、イチロー選手と同じうし年に生まれたことを踏まえて「イチローさんがひとまわり上ですが、うし年がスポーツ界を引っ張っているということかな。頑張ります」と独特の表現で、さらなる活躍を誓っていました。

兵庫県出身 貴景勝「男とは何か 背中で見せてくれた」

兵庫県出身で大相撲の関脇 貴景勝は「もちろん世界で活躍された人だが、オリックスにいた時の兵庫県での人気も本当にすごかった。引退は残念だが、こんなに残念がられる選手はほかにいないと思う」と思いを語りました。

そのうえで、「競技への向き合い方や生きざまなど、勉強になった部分が多かった。男とは何かということを背中で見せてくれた。野球の中で成績を残すことだけにとらわれず、結果も出していて、まさに求道者だったと思う。まだ22歳の自分にはわかっていないことも多いが、イチロー選手の1つのことばには、2つも3つも意味が含まれているのだと思う」と話していました。

菅官房長官「とても寂しく思う」

菅官房長官は閣議のあとの記者会見で、「多くの子どもたちや野球ファンに夢と希望を与え続けてきたスーパースターだったと思う。また、野球に対する真摯(しんし)な姿勢や絶えず努力を積み重ねるその姿勢は多くの人の尊敬を受けて、また影響を与えてきたと思う。現役選手としてのプレーを見られなくなるのはとても寂しく思うが、これまでの活躍と功績に敬意を表するとともに、お疲れ様といいたい」と述べました。

また、菅官房長官は、記者団が「国民栄誉賞の授与に値するか」と質問したのに対し、「国民の皆さんにそういった声があるのは十分に認識しているが、きのう引退を発表したばかりで何も決まっていない」と述べました。

鈴木スポーツ庁長官「偉大な活躍 本当にお疲れ様

スポーツ庁の鈴木長官は記者団に対し、「長年にわたって日米の野球の懸け橋になっただけでなく、『こんなにすばらしい選手がこれから出てくるのかな』というくらい偉大な選手として活躍をされて、本当に大変お疲れ様でしたと申し上げたい」と述べました。

そのうえで、「イチロー選手の活躍が見られなくなるのかなと思うと本当にさみしい気分になる。今後もスポーツ界、野球界で中心的になって活躍してもらえるものと信じている」と述べました。

また、記者団から「イチロー選手は国民栄誉賞に値する選手か」と質問されたのに対し、「われわれが決めることではないが、いちアスリートとして、それに値するすばらしい実績を日本やアメリカで与えていると認識している」と述べました。