中ソ国境軍事衝突50年 ロシア極東の町で慰霊式典

中ソ国境軍事衝突50年 ロシア極東の町で慰霊式典
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1969年に旧ソビエトと中国が国境を流れる川にある島の領有権をめぐって軍事衝突した事件からことしで50年になります。衝突で戦死した旧ソビエト兵の墓があるロシア極東の町で、慰霊の式典が行われました。
1969年3月に、旧ソビエトと中国は国境を流れる川にある島、珍宝島、ロシア名・ダマンスキー島の領有権をめぐって軍事衝突を起こし、ロシア側では旧ソビエトの国境警備隊の兵士58人が戦死したとされています。

このうち50年前の3月15日にあった大きな戦闘で死亡した15人の兵士の墓があるロシア極東の町、カーメニ・リボロフでは墓と慰霊碑の前で式典が行われました。

式典には当時、戦闘に参加した兵士や遺族など400人余りが参加し、それぞれ花を手向けました。

当時、戦闘に参加した元兵士のウスチューゴフさんは「当時の中国との国境は不安定でしたが、われわれは島を守りました。亡くなった仲間を決して忘れません」と話していました。

また友人が死亡した女性は「戦争ほどひどいものはありません」と話し、平和を祈っていました。

この事件をきっかけに、旧ソビエトと中国の関係は悪化し、国境地帯で紛争が頻発しました。その後、島は中国領とすることで合意し、中国とロシアは2008年にすべての国境を画定しました。