医師の時間外労働2000時間上限も 過労死ライン2倍 厚労省案

医師の時間外労働2000時間上限も 過労死ライン2倍 厚労省案
医師の働き方改革について厚生労働省は、医師が不足している病院などは例外として時間外労働の上限を大幅に緩和する案を専門家会議に提示しました。患者への影響を考慮した措置ですが、労働組合などが反発し議論が難航することも予想されます。
医師の働き方改革は患者への影響が大きいとして、ほかの労働者とは切り分けて議論が進められています。

厚生労働省は休日や夜間などの時間外労働の上限について検討を進め、11日に開かれた専門家会議に規制の案を提示しました。

それによりますと、医師が不足している病院などは、例外として年間で1900時間から2000時間、月の平均に換算して160時間ほどまで認めるとしています。

これは過労死ラインとされる月平均80時間のおよそ2倍に当たります。

この例外について、委員を務める大学病院の代表は患者の命を救うために必要だと賛成した一方で、労働組合の委員は上限時間があまりにも長すぎていつ労災が起きてもおかしくなく、もっと狭めるべきだと訴えました。

厚生労働省は例外を16年後の2035年度まで認め、その代わりに、医師の健康を守るため仕事を終えてから次の勤務まで9時間の休息を確保し、連続して勤務できる時間を28時間までにするとしています。

例外に含まれない一般の医師については、ほかの職種の労働者と同じ水準の年間960時間を上限とする方針です。

厚生労働省はことし3月末までに規制案をまとめ、5年後の2024年度から適用する予定ですが、例外に対する反発もあり、今後議論が難航することも予想されます。

過労自殺の医師 遺族「非常識な案」

過労自殺した医師の遺族からは批判の声が上がっています。

都内に住む中原のり子さんは(62)20年前、小児科医だった夫の利郎さん(当時44)が過労でうつ病を発症し、勤務していた病院の屋上から飛び降りて自殺しました。

利郎さんの病院では医師が不足し、1か月で8回の当直を行うなど長時間労働が続いていたということで、中原さんは「まともな働き方ではなかった」と振り返ります。

利郎さんが残した遺書には「不十分な人員と陳腐化した設備のもとで行われている救急・災害医療。この閉塞(へいそく)感の中で私には医師という職業を続けていく気力も体力もありません」などと記されていました。

中原さんは時間外労働の上限を大幅に緩和する例外を認める今回の案について、「夫が亡くなって20年たつが、状況は改善していないし、労働環境はひどくなっているように感じる。今回の案は非常識で、厚生労働省は多くの医師が過労死している実態をきちんと受け止めているのか」と批判しています。

そのうえで「地方の病院などで長時間労働が是正されなければ、そこで働きたいという医師が減り、人手不足に拍車がかかるのではないか。もっと人間らしい働き方ができるよう対策を考えるべきだ」と話しています。

労組「上限時間 長すぎる」

専門家会議の委員で自治労総合労働局の森本正宏局長は「国民が医療を受けられなくなることは避けるべきだが、同時に医師の健康も守られなければいけない。そういう意味で今回示された上限時間は長すぎる。労働時間の短縮が本当にできないのかもっと検討を重ねるべきだ」と話しています。

背景に深刻な医師不足

背景には地域医療への影響を食い止めたいという考えがあります。

山口県宇部市にある山口大学医学部附属病院は、脳の血管が破れたり詰まったりする「脳卒中」の治療を行う拠点病院で、脳神経外科には県内の全域から患者が搬送されてきます。

この病院の石原秀行医師は「血管内治療」という高度な治療を手がける専門医です。

カテーテルという細い管を脳の血管に入れて、つまりを取ったり動脈りゅうを治療したりして死亡や重い後遺症を防ぐ重要な治療ですが、担当する専門医は石原さんを含めて2人しかいません。

脳卒中は発症して時間がたつほど脳のダメージが深刻になるため、患者が搬送されると即座に治療に当たる必要があります。

先月、NHKが取材した日、石原さんは朝に入院患者を診察したあと、午後1時すぎからおよそ6時間にわたり、連続して4件の血管内治療などを行っていました。

さらに午後11時すぎには下関市にある病院から緊急手術の要請が入り、急きょ現地の病院に向かっていました。

石原医師が手術を終えて帰宅したのは次の日の午前5時で、その3時間後には患者の診察のため大学病院に出勤していました。

石原医師は「長時間労働が当たり前になっていて、それをしないと患者の命は救えない。働き方改革といっても自分たちには関係ない話だと思ってしまう」と話していました。

今、若い医師などが東京などの都市部に集中する医師の偏在が起き、山口県では20代と30代の医師がこの10年で22%も減少しています。

地方の病院では医師の長時間勤務によって地域の医療を支えているところもあり、厳しい上限規制を設けると患者に大きな影響が出るおそれがあります。

しかし現場の医師の負担は年々大きくなっていて、長時間労働が是正されなければ医師の偏在はますます進むという懸念もあります。

病院側は、例外を設けて終わりではなく、長時間労働の原因となっている医師の偏在を解消することが不可欠だと指摘します。

山口大学大学院医学系研究科の鈴木倫保教授は「働き方改革は医師の配置や充足度と密接にリンクしてくる問題だ。この非常に大きな議論が隠れていることを1度立ち止まって整理する必要がある」と話していました。

「医師も生身の人間 医療界は変革を」

13年前、長時間労働による過労自殺で研修医だった当時26歳の娘を亡くした男性がNHKに手記を寄せ、「医療界が内部から変わらないといけない」と訴えました。

男性の娘は13年前の平成18年4月、都内の大学病院で研修医として働いていた際に、自宅でみずから命を絶ちました。男性が娘の勤務実態を調べたところ、夜間の当直や休日の日直勤務は5日に1度ほどのペースで年間77日あり、1週間の平均労働時間は72.8時間に上ったということです。

労働基準監督署は自殺は長時間労働が原因だったとして、労災認定しました。

男性の手記には「子どもを失った悲しみは計り知れないものがあり、何年たっても癒えることはありません。医師も生身の人間です。疲労しますし、睡眠時間は必要です。医師の過労死、過労自殺は続いています。医療界が内部から変革しなければなりません。残業という感覚を持ち、疲れた時は休み、有給休暇を消化するような世界に変わることです。働き方改革関連法をきっかけに、医師の意識が変化すれば意味のある法律だったと後に評価されるでしょう。そのことを願っています」とつづられています。