聞こえるのに、聞き取れない私

聞こえるのに、聞き取れない私
「音量は普通に聞こえるのに、言葉が聞き取れないという症状に3年くらい悩まされています」

女子学生があげたこのツイートが拡散、「私もそうだ」と同じ症状に悩む人が次々と苦しさを訴え始めました。時を同じくして耳鼻科医も偶然、症状を知ってもらうためのサイトを立ち上げていました。この症状「聴覚情報処理障害」と言います。
(ネットワーク報道部記者 和田麻子 目見田健 飯田耕太)

めっちゃわかる 全く聞き取れない

“音は聞こえていても、話し声はよく聞き取れない”

そんな症状に悩む投稿が今月17日にツイッターにあがると1万8000回以上リツイートされるなど、急速に拡散しました。
その悩みは深刻で、ツイッター上にはつらさを訴える声が続々とあがっていきました。

注文を聞き取れない

きっかけとなる投稿をしたのは東京に住む20歳の女子学生でした。話を聞くと症状を自覚したのは3年前、高校3年生の時で、友人と会話をしていても聞き間違えることが続いたのです。
高校生の時の写真
さらにアルバイト先の飲食店では客の注文を一度で聞き取れないことがありました。症状は徐々に悪化していきます。

「ことしに入ったころから、人の多い場所に行くと、ほかの人の笑い声が大きく聞こえて、近くにいる相手の声が聞き取りづらくなりました」

「電車のアナウンスが通常の2倍ほどの大きさで聞こえて、外に出るのもつらくなってきたんです」

女性は春に耳鼻科を訪れます。

“仕事ができなくなる”

しかし聴力検査の結果は異常なく、明確な診断名はつきませんでした。原因がわからないまま、症状は重くなってくる怖さ。

アルバイト先では客の注文に気付かず、遠くにいた同僚があわてて対応することが何度も続くようになります。

“将来、働くこともできなくなってしまう”ーーー不安は雪だるまのように大きくなっていきました。

“聴覚情報処理障害”

ある日、情報を求めて、インターネットに、“難聴”“言葉が聞き取りづらい”など自分の症状を入力していた時のことです。

“聴覚情報処理障害”という初めて聞く言葉が出てきました。その言葉の下に自分と同じ症状が記されていたのです。

“不安と、病名がちゃんとあったことに少し安心して涙が止まらない”ーーー女性のこの日のツイートにはそう書かれていました。

そして「きちんと診断してもらえる病院がどこかにあるのか、原因や改善方法について情報がほしいんです」、女性はそう話していました。

きっかけは医師からの訴え

調べてみると、15年ほど前から聴覚情報処理障害の研究をしている学者がいました。言語聴覚士で聴覚と障害について研究している国際医療福祉大学の小渕千絵准教授です。
小渕准教授
“聴力は正常でも、騒音の中などで聞き取りにくさを訴える人がいる”

きっかけとなったのは医師からそんな相談が寄せられるようになったことでした。文献などを調べてみるとアメリカで同様の症状が“聴覚情報処理障害”として複数、報告されていることがわかりました。

考えられる原因

そしてこれまでの研究の結果、患者は子どもからお年寄りまで年齢層は幅広く、小渕さんはさまざまな原因が考えられるとみています。

▽聴力に関係する脳の一部に障害を受けたことがある
▽幼児期に中耳炎に長期間かかったことがある
▽睡眠がうまく取れていない
▽発達障害の傾向がある、などです。

「子どもの時から聴覚情報処理障害の傾向があっても気付かず、大人になって自覚するケースもあります。また社会に出て心理的なストレスを抱えている人が発症する傾向があるとも感じています」(小渕准教授)

診察は耳だけを診ても原因が探れないため、生活環境を聞き取るなど時間をかけて進めるそうです。

国際医療福祉大学クリニックの言語聴覚センターでは、臨床目的で週1回、聴覚情報処理障害の専門外来を設けていますが、患者は絶えず、9月26日現在、来年の3月まで予約が埋まっているそうです。
言語聴覚センター(栃木県大田原市)

サイトを立ち上げたクリニック

聴覚情報処理障害に関する情報サイト
女子学生がツイートをあげる4日前、聴覚情報処理障害に関する情報サイトを立ち上げたクリニックがありました。東京・足立区のミルディス小児科耳鼻科です。

“声が聞こえているのに、言葉として聞き取れないのはどこか悪いからでしょうか”ーーーそんな相談が相次いだからです。
平野浩二院長
「この症状が疑われる患者は少なくありませんが、医療者の間でも認知度がまだまだ低く、診断できる医師も多くありません。聴覚情報処理障害を広く知ってもらうためにサイトを立ち上げました」(平野浩二院長)

情報サイトを立ち上げてから、症状を訴える患者がほぼ毎日、受診するようになったと言います。

“自信をなくす病気”

20代の女性は、会社の会議で議事録をとる係を任されたとき、発言内容を聞き取れず記録に残すことができませんでした。上司や同僚に自身の症状をうまく説明できず困り果てていたとき、サイトを見て聴覚情報処理障害を知り、飛び込みで訪れたそうです。

「聴力としては異常がないので、患者は『自分の能力に問題がある』と考えてしまい、生活することに自信を無くすケースが多いのも特徴です。『さっき言ったのに、なんで言うとおりにしないんだ?』などという言葉を周囲から受け、傷つくケースが多いのです」(平野院長)

病気とつきあっていく

クリニックでは、症状を訴える患者が「聴力検査」で異常がなければ、50音のどれかをランダムで発音し聞き取れるかどうかをチェックする「スピーチ検査」に移ります。

そこで一定以上の正答率であれば、聴力に問題がないため聴覚情報処理障害の疑いが高まり、場合によっては脳の画像診断なども行って判断していくそうです。

治療方法はまだ確立されていないため、症状とうまく向き合っていくことが大切で、平野院長は次のような対策を紹介しています。

▽周囲に症状を理解してもらい静かな環境で話を聞くようにする
▽相手には、身振り手振りも使ってはっきり繰り返し話してもらうようにする
▽それでも難しければメールやメモで要件を伝えてもらう

また仕事に就く際、会話の機会や電話応対が多い仕事をできるだけ避けることも対策の1つだと話していました。

自分を責めていた

きっかけとなったツイッターに寄せられた反応を全部読んでみました。

「小学生の時からずっと悩んでいた」「注意力がないからだと自分を責めていた」など、“聴覚情報処理障害”を知らないため、またそうした診断にたどりつけなかったため苦しんでいた声がたくさん寄せられていました。

そうした症状があることを、当事者の方だけが知るのではなく、多くの人が知ることで、症状への理解が深まり暮らしやすい生活につながるのではないかと思います。

そしておそらく、広く知られていない苦しさはまだまだほかにもたくさんあって、悩んでいる人もたくさんいて、でもそれに気付かないことがたくさんあるはずで、そうしたまだ知られざる苦しさへの理解が少しずつでも深まるよう取材を続けていかなければと思っています。