日航機墜落事故から33年 遺族など慰霊の登山 群馬 上野村

日航機墜落事故から33年 遺族など慰霊の登山 群馬 上野村
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520人が犠牲になった日航ジャンボ機の墜落事故から12日で33年となり、墜落現場の群馬県上野村では、朝早くから遺族などが慰霊の登山を始めています。
昭和60年8月12日、お盆の帰省客などを乗せた日本航空のジャンボ機が群馬県上野村の山中に墜落し、国内の航空機事故としては最も多い520人が犠牲になりました。

12日で事故から33年となり、上野村では朝早くから遺族などが墜落現場の「御巣鷹の尾根」を目指して慰霊の登山を始めています。

墜落現場にある慰霊碑「昇魂之碑」の前では、遺族が手を合わせて犠牲者を悼んでいました。

また、亡くなった人の墓標の前で、花を手向けたり線香を供えたりしていました。

夕方にはふもとにある「慰霊の園」で追悼慰霊式が行われ、遺族などが墜落時刻の午後6時56分にあわせて黙とうをささげ、空の安全を祈ります。

叔父を亡くした男性「忘れないでほしい」

事故で叔父の石倉六郎さん(当時41)を亡くした茨城県ひたちなか市の磯禎典さん(46)は家族と親戚合わせて11人で慰霊登山に訪れました。

磯さんは「叔父はとても明るくて気さくな人でした。叔父には親戚みんなで来たことを伝え、手を合わせました。毎年、子どもたちとこの場所を訪れ、事故のことを忘れないでほしいと思っています。来年も必ずここに来ます」と話していました。

長女亡くした女性「娘はいつも近くに」

事故で女優だった長女の吉田由美子さん(当時24)を亡くした吉田公子さん(84)は、長男の家族などと一緒に慰霊登山に訪れました。

吉田さんは、「心の中では娘はいつも近くにいると思っていますが、命日だけは娘がここにいる気がして毎年、登っています。ことしもなんとか登ることができました。さまざまな事件や災害で多くの人が亡くなっていますが、突然、親族や親しい人を亡くした被害者の気持ちはとてもよくわかります。この事故のことは死ぬまで忘れることはありません」と話していました。

機長の長男「きのうのことのように感じる」

事故機の機長だった高浜雅己さん(当時49)の長男の浩二さん(47)は、「去年まで毎年、母と一緒に慰霊登山に来ていましたが、ことし、母は足を痛めて来ることができませんでした。33年がたっても事故がきのうのことのように感じますが、一方で、父に孫ができて長い年月がたったとも実感します」と話していました。

また、日本航空のパイロットで高浜さんの後輩にあたる芦澤直史さん(60)は「職場の先輩と後輩として一緒に仕事をしました。事故が二度と起きないように語り部として伝え続けたい」と話していました。

事業改善命令は5年で6社

空の安全が厳しく問われている中、航空輸送の安全を阻害する事実があったとして、国から事業改善命令を受けた航空事業者は過去5年で6社に上っています。

国土交通省によりますと、航空事業者に対する事業改善命令は、平成26年以降、5年連続で出されていて、ことしはすでに2社に出されています。

このうち、先月に改善命令を受けた「日本貨物航空」は必要な整備を行わずに運航を続けていたほか、行っていない計測を実施したかのように記録するなどの改ざんや隠蔽があり、事故を起こすおそれのある重大な違反行為があったと指摘されました。

また、10日に墜落した群馬県の防災ヘリコプターの運航を委託されていた「東邦航空」は、ことし2月に改善命令を受けています。

去年11月に群馬県上野村でヘリコプターが墜落した事故を受け、国土交通省が調べたところ、修理の際部品の一部を交換しないといった整備規定に違反する作業など、多数の違反が確認されました。

国土交通省は「近年、事業改善命令が相次いでいることは遺憾だ。航空事業者と連携し、航空の安全の維持と向上に努めていく」としていて、過去の事故の教訓を生かしていけるのか、行政と事業者双方の姿勢が問われ続けています。