自動運転で事故 誰が法廷に

自動運転で事故 誰が法廷に
20XX年、ある過疎の地域で、自動運転する路線バスが時速25キロで走行中、女の子をはねてけがをさせる事故が起きました。女の子と両親はバス会社に賠償を求めて裁判を起こし、その判決が言い渡されました。「主文。被告のバス会社は原告らに3700万円を支払え」(社会部記者 藤田日向子)
先月、東京で行われたこの裁判は、法律の専門家たちによる模擬裁判です。明治大学の中山幸二教授らの研究グループは、今の法律のまま自動運転が実用化されたら事故の責任はどう判断されるのかを検討しようと模擬裁判を企画したのです。

自動運転の技術は日々、進化する一方で、事故が起きた時の賠償責任や刑事責任はどう判断されるのか、そして、今の法律の枠組みで十分なのかを考えるのが狙いです。

今の法律で十分なのか

先月、東京で行われたこの裁判は、法律の専門家たちによる模擬裁判です。明治大学の中山幸二教授らの研究グループは、今の法律のまま自動運転が実用化されたら事故の責任はどう判断されるのかを検討しようと模擬裁判を企画したのです。

自動運転の技術は日々、進化する一方で、事故が起きた時の賠償責任や刑事責任はどう判断されるのか、そして、今の法律の枠組みで十分なのかを考えるのが狙いです。

模擬裁判(1) 運行会社の責任は

取材したこの日、模擬裁判は2回行われました。

1つ目は、高齢化の進む地域で運転手のいない路線バスが時速25キロで運転中、路地から飛び出してきた女の子と衝突したという想定です。バスには自動運転のためのカメラが設置され、人工知能による操作のもと、事故が起きた時、責任は誰が負うべきかが検討されました。

法律の専門家などが原告役、被告役を務め、原告の女の子側は法廷でこう主張します。

「被告のバス会社は車両の整備が不十分な状態でバスを運行した」

つまり、バス会社の点検整備が不十分なため、車両に搭載されたカメラの性能が落ちていたというのです。
これに対し、バス会社側はこう反論します。

「カメラの精度が落ちていたという認識はない。メーカーから提供されている説明書に従って定期点検をしており、整備不良の事実はない」

つまり、マニュアルに従って点検したが異常は見つからず、バス会社に責任はないというのです。
審理の結果、裁判所は、カメラの性能が落ちていたとしてバス会社の責任を認め、女の子側に賠償を命じました。人間の裁判なら、運転手が前方をきちんと見ていたかどうかが争点になるところですが、自動運転の場合は、カメラの性能が落ちていたかや、車の構造やシステムに欠陥があったかなどが主な争点になることが模擬裁判を通じて確認されました。

事故時のルール作りの議論は

自動運転の車(本文とは関係ありません)
では、模擬裁判ではなく、自動運転の事故に備えた実際のルール作りはどこまで議論が進んでいるのでしょうか。国土交通省が作った有識者の検討会はことし1月、すべての車が加入しなければならない自賠責保険の取り扱いについて、大枠の方針をまとめました。

それによりますと、事故の保険金は、これまでどおり、車の所有者などが加入している自賠責保険から被害者に支払われるということです。つまり、保険会社から被害者に支払われることになります。

ただ、事故の原因が車や交通インフラのシステムの欠陥にあった場合には、保険会社が被害者に支払った保険金を、あとから車のメーカーや通信会社などに対して請求できるようにするとしています。政府は、ことし春にも自動運転の制度の大綱を策定することにしていて、メーカーなどがどのような場合に責任を負うのかという点のほか、刑事責任の考え方なども今後の議論の焦点になるものとみられます。

完全実用化までには課題山積

こうした議論の背景には、自動運転の完全な実用化に向けた技術開発が急速に進んでいることがあります。

自動運転の技術は、5つの段階に分類され、「レベル1」では、車のハンドル、ブレーキ、アクセルの操作のうち、1つが自動化します。車のカメラやセンサーで障害物を認識し、自動でブレーキをかける機能がすでに実用化しています。

「レベル2」では、複数の操作が自動化し、車間距離の調整のため、アクセルやハンドルを自動で制御して人間の運転をサポートする機能が日本国内でも一部の車種で実用化しています。

そして、次の段階の「レベル3」の実用化が当面の焦点となっていて、レベル3の車について、ドイツのアウディは、早ければことし中に、高速道路でドライバーがハンドルから完全に手を離した状態でも走行が可能な自動車をドイツ国内で販売する方針です。レベル3の車はほぼ自動で運転しますが、事故が差し迫った状況など緊急時にはドライバーが操作する必要があります。

また、「レベル4」では、交通量や天候など一定の条件のもとで完全に自動で運転し、「レベル5」では、どんな条件のもとでも完全に自動で運転します。
国土交通省が実証実験を行っている自動運転車の車内
政府は、2020年ごろまでに高速道路などでレベル3の実用化を目指していますが、必要とされるルール作りに向けては課題が山積みになっています。たとえば、レベル3の自動運転では、システムが人間に代わって周囲の監視義務を担う一方で、緊急時には人間が運転することが想定されていますが、ドライバーがメールを見ていたり、居眠りをしたりして前方を注視していなかったら、緊急時の操作ができなくなります。こうした状況が生じないようドライバーの前方不注意を防ぐための規制が新たに必要になるのかどうかという点や、こうした状況で事故が起きた場合、ドライバーの過失責任は、これまでと同じなのかどうかという点など、検討すべき課題は数多くあるのです。

模擬裁判(2)メーカーの責任は

冒頭に紹介した模擬裁判を行う法律の専門家たちも法廷での議論を通じて、ルール作りの課題を洗い出しています。そして、この模擬裁判には続きがあります。

女の子にけがをさせたとして、賠償を命じられたバス会社は、判決に納得できませんでした。そこで、バス会社の代わりに賠償金を支払った保険会社が、車のメーカーに対してその分の金額を請求したという想定で、2つ目の裁判が開かれました。

自動運転するバスが事故を回避できなかったことを受けて、メーカー側の責任があったかどうかが問われました。保険会社はこう主張します。

「バスを道路脇の壁に衝突させれば、事故を回避できたのに、そのような判断ができなかった車のシステムに欠陥がある」
これに対し、メーカーはこう反論します。

「壁に衝突させるといった危険を伴う判断をするのは、一般的に期待されておらず、欠陥はなかった」

双方の主張が対立し、結局、この日の裁判では結論が出ませんでした。今の法律の枠組みでは、車のシステムに欠陥があることを示す証拠を集めるのは、難しいというのがその理由です。そして、責任の所在を明確にするには、車の速度やブレーキをかけた時刻など、事故の状況を記録する装置を自動運転の車に搭載することを義務づけるなど、新たな法整備が欠かせないというのが、模擬裁判を行った研究グループの考えです。
中山幸二教授
「各国が技術開発のしのぎを削っているが、法整備については日本は取り残されている。誰が、どのような根拠で事故の責任を負うのかを具体的に示し、法整備などを提言したい」(明治大学 中山幸二教授)

刑事責任の議論も課題

さらに、自動運転の刑事責任については全くと言っていいほど、議論が進んでいません。今の法律の枠組みでは、自動運転で事故が起きた際、車の運転席に乗っていただけの人を罪に問うのは難しいという見方もあります。さらに、人間もいない場合、事故原因を究明するための証言を得ることができないなど刑事責任の判断にはさまざまな困難が予想されます。安心して自動運転ができるよう、できるだけ早期のルール作りの整備を望まずにはいられません。