男35歳 “精子”の分かれ道

男35歳 “精子”の分かれ道
「“卵子の老化”ってよく聞くけど、男性は何歳でも大丈夫でしょ」

そう考えている人は大きな間違いです。

「射精ができるかぎり子どもは作れる」

そんな考えが大事な人を傷つけているかもしれません。
まだ、あまり知られていない精子の現実です。
(ネットワーク報道部記者 牧本真由美)
50代や60代の男性、特に芸能人など名前が知られた人に子どもができたとなると、まるで武勇伝のように聞いてしまい、男性は何歳になっても大丈夫なんだ、と思う人もいるのではないでしょうか。

精子は、毎日新しく作られる。だから新鮮と言えば新鮮です。

精子は新鮮だから大丈夫?

50代や60代の男性、特に芸能人など名前が知られた人に子どもができたとなると、まるで武勇伝のように聞いてしまい、男性は何歳になっても大丈夫なんだ、と思う人もいるのではないでしょうか。

精子は、毎日新しく作られる。だから新鮮と言えば新鮮です。
女性の場合は生まれた時に持っている卵子が、増えることはなく、年を重ねるとともに老化したり数が減ったりするのと大きく違います。

しかし今、男性は年をとっても大丈夫という考えが誤っていることがわかってきています。

男35歳、精子の分かれ道

男性不妊の専門、獨協医科大学埼玉医療センターの岡田弘医師によると男性は2つのタイプに分かれるそうです。

「35歳を分岐点として“精子力”(=妊娠させる力)が落ちるグループと、落ちないグループです」

その根拠となるのは、子どもがいる男性と不妊に悩むカップルの男性、合わせておよそ150人を対象に行った調査です。

全員、精子の量や運動量を調べる通常の精液検査では「正常範囲」と言われていました。
そこで調べたのが精子力。

精子は卵子と受精したあと、受精卵の分割を進めるためのスイッチを入れます。その変化を起こす力=精子力があるかどうかを精子とマウスの卵子と受精させて調べたのです。(マウスの卵子を受精させても分割は進まないので、ネズミ人間が生まれることはありません)
スイッチを入れる力が高い位置で推移しているのが子どもがいる男性たち。不妊カップルの男性陣は、35歳頃から明らかに落ちています。

「検査で精子の量や運動量も大丈夫と言われた」
それでも妊娠させる力が弱くなっている可能性があるのです。

なぜ精子力が低下するのか、原因はまだ研究中ですが、岡田医師は精子をつくる細胞が老化しているのではないかと考えています。

「通常の検査で大丈夫だったので妻が原因だと思っていた」
「妻に体の負担ばかりではなく心の負担もかけていて申し訳なかった」
そんな声が男性たちから聞かれたそうです。

岡田医師は不妊治療の意識を変えてほしいと話しています。

「不妊の問題は、どうしても女性側に原因があると捉えられがちです。
治療を女性任せにしてしまう男性も少なくありません。最初から、自分にも原因があるかもしれないと思うことが治療のスタートです」

海外の研究でも

海外の研究では精液の量や精子の運動率なども男性が年を重ねると老化現象が見られるという結果が出ています。

男性が30半ばをすぎた頃から、遺伝子に異常がある精子の割合が増えることや、パートナーの女性を妊娠させるまでに時間が長くかかることも報告されています。

まだ研究の数が少なく、女性ほどは明らかになっていませんが、男性も年を重ねると精子に影響があるようです。

35歳以下でもケアを

「まだ35歳になっていないから大丈夫」と思う男性もいるかも知れません。

でも、そうは言ってられません。若くて自覚症状がなくても、精子をうまくつくれない状態になっていることがあります。

最も多いのが「精索静脈瘤」と呼ばれる病気。精巣やその周辺の静脈にこぶができ、血液が滞って精巣の温度が上ります。

体の外にあり体温より2度ほど低いのが適している精巣。その温度が上がると精子の数が減ったり運動率が落ちたり、精子のDNAに傷がつくこともあります。治療しないと精子の質がどんどん落ちてくるのです。

精子が10倍に

精索静脈瘤となった32歳の男性に話を聞くことができました。
男性は25歳で2つ下の妻と結婚しましたが、なかなか子どもを授かることができませんでした。

30歳を超えて訪れた男性不妊専門の泌尿器科で精索静脈瘤と診断されたのです。

「痛みなどの自覚症状はなく、精巣の大きさを誰かと比べることもなかったので、全く気がつきませんでした。男性側に原因がある夫婦もいると聞いていましたがまさか自分がと落ち込みました」

男性は原因が見つかったものの精巣を手術することには抵抗があり、1年以上悩んだ末、これ以上、自分のせいで妻につらい思いをさせたくないと考え手術を受けました。
すると手術前と比べて、精子の数が10倍ほど増え、運動率も20%上がったのです。そして手術から半年後、妻が自然妊娠しました。

「妻と2人でつらい思いをしてきたのでとてもうれしかったです。もっとはやく手術を決心していれば妻に負担をかけずにすんだと後悔しています」

専門医の横浜市立大学附属市民総合医療センターの湯村寧医師は強調します。

「精索静脈瘤があっても妊娠することはあります。ただ、進行性の病気です。1人目の子どもの時には自然に妊娠できたとしても、2人目の不妊に悩むカップルのうちのおよそ70%の男性に精索静脈瘤が見つかったという海外の研究が複数あります。若くても安心してはダメ、そして、若い時は平気だったからといって自分は大丈夫と過信してはダメです」

足りない男性不妊専門医

WHO=世界保健機関が不妊カップルを対象に調べたところ、その原因が男性にあったケースは48%、半数です。

精索静脈瘤などの検査や治療は男性不妊の専門医がいる医療機関で調べることができます。

ところが男性不妊の専門医(泌尿器科)が少ないのです。
全国でまだ51人、それも偏りがあり北海道は1人。九州、四国は0。
婦人科系の不妊治療施設が全国におよそ600あるのと大きな差です。

検査にたどりつくこと自体が大変な面もあるのです。

厚生労働省の研究班が婦人科系の医療機関に行った「泌尿器科との連携に関する調査」では、不妊の原因が男性にあるというケースでも男性不妊の専門医との連携に消極的な姿勢がありました。

「まずは婦人科で不妊治療を試みる」「希望があれば泌尿器科を紹介する」「基本、紹介しない」などという消極的な回答が合わせて半数を超えました。

中には、紹介しようにも近くに専門医がいないという声もありました。

不妊治療は2人で受ける

男性も自覚症状がない場合、医師に勧められない限り、なかなか専門医の診察を受けるという発想が湧かないと思います。

「もっと知っていたら、もっと早く動いていたら、妻を苦しませずにすんだかもしれない。子どもを授かっていたかもしれない」

精子の老化に気がつかないまま時間を重ね、結局、子どもを授かれなかった男性が語った言葉が忘れられません。

妻に原因があると思い、つらい思いをさせてきた後悔の言葉でもありました。生殖能力の衰え、それは女性だけではなく、男性にも年齢とともにその影が忍び寄ってくることを多くの人に知ってほしい、そう思います。