恋ってしなきゃダメですか?

恋ってしなきゃダメですか?
人は誰でも恋をすると思っていないでしょうか? 私もその女子大学生に会うまではそう思っていました。私も少しは恋愛してきたし。でもその学生はそうした感情を持たないため、いや、持たないことを理解してもらえないために苦しんでいました。この文章は「アセクシュアル」という言葉を一人でも多くの人に知ってもらうためにつづります。(ネットワーク報道部 宮脇麻樹記者)
あすかさん(仮名・当時20歳)と初めて会ったのはあるファミリーレストラン。当時からLGBTを取材テーマにしていた私。その当事者に会うという取材でした。直前にもらった、「よく知られているLGBTではないですよ」というメールが少し気がかりでした。席に着き私が「どんなタイプ(のLGBT)なのですか」と聞くと学生は「“アセクシュアル”なんです」と答えてくれました。アセクシュアル? え? 恥ずかしい話、その言葉、私は全く知りませんでした。

「よく知られているタイプではないですよ」

あすかさん(仮名・当時20歳)と初めて会ったのはあるファミリーレストラン。当時からLGBTを取材テーマにしていた私。その当事者に会うという取材でした。直前にもらった、「よく知られているLGBTではないですよ」というメールが少し気がかりでした。席に着き私が「どんなタイプ(のLGBT)なのですか」と聞くと学生は「“アセクシュアル”なんです」と答えてくれました。アセクシュアル? え? 恥ずかしい話、その言葉、私は全く知りませんでした。

“アセクシュアル”

聞くと、詳しく教えてくれました。
「アセクシュアルは無性愛者とも言われ、恋愛感情を持たない人たち」「私は男性にも女性にも、どの性別に対しても恋愛感情がない」「LGBT、性的マイノリティーの中でも特に少数派」「LGBTの集まりでも理解されないことがある」

「全部のタイプ、試してみたら?」

あすかさんは中高生の頃から、恋愛の話が苦手でした。
“○○さんが好き!“と話す友だちの感覚がわからず、親友から「恋愛の話題になると、スッといなくなるね」と指摘されたこともありました。恋愛の歌、ドラマにも嫌悪感のようなものを覚えました。自分がアセクシュアルだと認識したのは、高校生になってから。学校のパソコンでインターネットを使って調べて気付いたのです。大学でLGBTの人たちで作るサークルに入りました。しかし、安心できる場ではありませんでした。サークルで自分はアセクシュアルだと言った時に、メンバーから思わぬ言葉が、返ってきたのです。

「運命の相手に出会っていないだけだよ」

「全部のタイプのセクシュアリティの人と試してみたら?」

“ここでも理解してもらえないんだ”あすかさんには失望感が残りました。
あすかさんのツイッター ほかのLGBTの集まりでも疎外感を感じた
LGBTの人たちは当事者同士の集まりになると、恋愛の話がよく出ることがあります。同じ性的指向の人もいるため安心して話ができるのです。ただ、恋愛感情を持たないあすかさんは、集まりの中で「かわいそうな人。未熟な人」と思われているように感じると言います。サークルで恋愛の話に興味があるふりをしているのもつらく、世界に自分の居場所がないように、いま、思っています。家族にも自分を理解してもらえるとは思えず、カミングアウトはしていません。

恋をする日が来なかった

アセクシュアルの人の中には、自分がそうだと気付かず、長い間つらい思いをしてきた人もいます。ユズキさん(仮名・43歳)です。

小学校や中学校の時、「誰が好き」と言った話を周りにされても、気持ちが理解できず、自分はオクテで引っ込み思案と思っていたそうです。大人になっても「恋愛感情」は誰にもわきません。人として「すてきだ」と思っても、交際したいとか触れたいとは、一切思わないのです。「自分が世間の常識から外れている」と感じ、人と接することが苦手になっていきました。

引きこもる生活

社会人になり、男性に体を触られる被害を受けたことがありました。恋愛感情がなく、性的なことを考えたことがない自分が性の対象と見られた、それを思うと苦しくなり、カッターを手にして左の手首を傷つけました。食べては吐く摂食障害になり、自宅に引きこもり、苦しさを詩や文にする日々を過ごしました。
ユズキさんが書いた文章 ”死にたい“の文字が何度も出てきた

立ち直ったけれど

5年前、インターネットで自分と同じような人がいることを初めて知りました。「自分はおかしいわけじゃない、同じ人がほかにもいるんだ」と存在が認められた気がしたそうです。立ち直ったのはそれから。自分のことを認められるようになり、いま福祉関係の仕事をしています。いろいろな人と話をするのが好きな、これまでと違う自分の姿に気付きました。それでもまだ男性と親しくなろうとする時、戸惑うことがあります。
周りから「あの人のこと好きなの?」と言われないか、もしかしたら本人に誤解されないか、それが気になり、自分をどこまで出していいのかがわかりません。
「やっぱり私のことは理解されないと思う」
ユズキさんはまだカミングアウトを、していません。

存在を知ってもらう

最近になって、アセクシュアルの人たちに焦点を当てて活動をする団体も出てきています。去年、設立した東京のNPO法人、「にじいろ学校」です。

代表理事の今徳はる香さんが、アセクシュアルの友人から、「集まれる場所を作ってほしい」と言われ、交流会を開くようになりました。
最初は、「はたして、何人集まるのか」とインターネットで告知をしたところ、あっという間に、返信が届きこれまでに中学生から70代まで延べ100人以上が参加するようになりました。静岡や大阪、広島など遠方から東京に来る人もいます。同じ指向の人が周りにいない、理解してもらえる人がいない、100人という数はその裏返しです。
パレードではどこよりも目立とうと巨大な旗を手作りした
集まりの場でよく聞くのは、「恋愛しないというと、冷たい人間だと言われたり、どこかおかしいと思われたりする」、「そんな人はいるわけないと、存在自体を否定される」という悩みだそうです。
今徳さんは、認知度の低さがアセクシュアルの人たちの生きづらさにつながっていると感じています。「当事者どうしで話し合うだけでなく、存在を知ってもらう活動も進めたい」と話していて、いまブログで少しずつ、アセクシュアルの人たちが何を感じているのか、交流会での発言を元に、発信しています。
アセクシャルの人がどう感じているか 発言を発信

せめて…

私はこう考えます。多数の人の常識があって、そうでない人がいて。そして多数の人がそうでない人を知ると、かわいそうだとかおかしいとか、直したほうがいいと言ったりする。そこにその人のありのままを尊重しようという気持ちがないと、少数派は生きづらくなるのです。

「アセクシュアルと打ち明けたら『かわいそう』という物差しで見ないでほしい。何が苦手なのか聞いて私を理解してほしい。いやせめて否定しないでほしい」
私に語りかけた大学生のあすかさんの言葉です。

「せめて(私を)否定しないでほしい」
つらい経験の果てに出てきた言葉が耳を離れません。