なぜ“虐待入院”と名付けたか

なぜ“虐待入院”と名付けたか
病気もけがもしていない子どもたちが入院を続けている異常な事態が全国の病院で起きています。小児科医のグループの調査でその数は去年までの2年間で少なくとも356人。自宅に戻ると再び虐待を受けるおそれがあるほか、児童養護施設などの施設にも空きがなく、行き場を失ってしまっているのです。私たち取材班はこうした状況を「虐待入院」と呼び、その実情や背景をニュースや番組でお伝えしました。放送後、さまざまな反響があり、その中には「“虐待入院”ってNHK独自の言葉?」など呼び方に疑問を投げかける声もありました。私たちはなぜ“虐待入院”と名付けたのか。そう呼ぶしかない、医療現場や子どもたちが置かれている厳しい現実があったのです。(社会部 村堀等記者・ネットワーク報道部 野田綾記者)
「退院できないお子さんに、何かできることはないのでしょうか」
「あまりにもむごいことです。何とかならないのか、どうにかできないのか…」
7月20日の「ニュース7」や「クローズアップ現代+」の放送後、NHKには視聴者の方からさまざまな反響が寄せられました。メッセージの多くは子どもたちが置かれた状況に心を痛め、何かできることはないか真剣に考えはじめたというご意見でした。

放送後の反響に驚く

「退院できないお子さんに、何かできることはないのでしょうか」
「あまりにもむごいことです。何とかならないのか、どうにかできないのか…」
7月20日の「ニュース7」や「クローズアップ現代+」の放送後、NHKには視聴者の方からさまざまな反響が寄せられました。メッセージの多くは子どもたちが置かれた状況に心を痛め、何かできることはないか真剣に考えはじめたというご意見でした。

“虐待入院”って変!?

その一方で「虐待入院」という呼び方を疑問視する声も寄せられました。
「虐待入院ってNHK独自の言葉?」
「病院で虐待しているみたい…」
実は私たち取材班でもこうした実態をどう呼ぶべきなのか、何度も議論しました。
「社会的入院」「保護入院」はすでに高齢者や精神障害のある人などを対象に使われている言葉で、誤解を招くおそれがありました。「養育入院?」「避難入院?」。アイデアは浮かんでは消え…の繰り返しでした。
そうしたなか「この問題は“虐待入院”と呼ぶしかないのでは」という意見が出ました。あえて強い言葉を使わなければ、厳しい現実は伝わらないという主張でした。現場ではどのような実情があるのでしょうか。

子どもを見たら虐待を疑え!

埼玉県立小児医療センターには夜間早朝問わず、救急車で子どもたちが運ばれてきます。ER・救急治療室では医師や看護師が子どもたちのけがの状態や症状を確認。子どもを診察しながら、付き添って来た親にけがをしたときの状況を聞き出します。けがの状況がはっきりせず、説明に矛盾を感じればソーシャルワーカーに相談します。
ER担当の植田育也医師は「私たちは『子どもを見たら虐待を疑え』という意識で治療にあたっています。あまりにも虐待の疑いがある子どもが多く、それぐらいの意識がなければ見過ごしてしまいます。結果的に虐待でなければそれでいい、親に恨まれることを恐れていては子どもの命は救えません」と話しています。

呼吸が十分できない赤ちゃん

私たちが病院内で取材をしていた際、呼吸が十分できなくなった状態で搬送された赤ちゃんが高度治療室に入院していました。治療を受けて回復した赤ちゃんを自宅に戻すかどうか、医師やソーシャルワーカーなどによる『虐待対応チーム』が話し合っていました。1回目の会議ではネグレクトなど虐待による症状だとははっきり確認できなかったことから、地域で見守りを続けながら自宅に戻すことが可能と判断し、親に退院できる旨を伝えようと電話で連絡をしました。

退院を喜ばない親

しかし何度かけても親は電話に出ず、電話を折り返してきたのは1日半経ってからでした。親は翌日、子どもの面会に来ましたが、医師が退院できると伝えても、喜ぶ様子はありませんでした。
改めて強い不安を感じた医師らは、再度「虐待対応チーム」で話し合うことを決めました。再び開かれた話し合いではさらに踏み込んだ議論が行われました。
「地元自治体の福祉課に確認しても、連絡が付かない状態が多い」
ソーシャルワーカーは追加の情報を報告しました。そして「直ちに家庭に戻すことには不安が残る」と総合的に判断。児童相談所に報告しました。
赤ちゃんはすっかり元気になっていましたが、次の受け入れ先との調整などに時間がかかり、その後も6日間入院を続けざるを得ませんでした。

こうした“虐待入院”が病院側に与える弊害も無視できません。埼玉県立小児医療センターは地域の拠点病院として県内全域から多くの重症な子どもたちが運ばれてきます。集中治療室や高度治療室の病床は常にほぼ満床です。治療が終わった子どもが数日でも長く入院することで、治療が必要な子どもに医療が施せない事態につながりかねません。過去にはベッドに空きがなく、受け入れを断ったこともあったといいます。
植田育也医師は「なるべく受け入れを断りたくないので、夜中でも子どもを集中治療室から病棟に移すなどの対応を取らざるを得ません。治療が終わった子どもはしっかりと生活できる場所に移ることがその子のためにもなるはずです」と話していました。

“虐待入院”の理不尽さ

一方、“虐待入院”の厳しい現実は実際に体験した子どもたちを取材してみるとより具体的に浮かび上がります。
今回、取材した別の病院では虐待で保護された赤ちゃんが回復したあとも受け入れ先の乳児院や里親が見つからず、半年近く、病院で暮らしていました。食事や入浴など限られた時間以外はほとんど1人で過ごしている赤ちゃん。
担当の医師は「まもなく1歳になるのにひとりで座ることもできず、心と体の発達の遅れが心配です」と入院が長期に及ぶことで発育に影響が出ることを懸念しています。

また、親からの虐待が原因で入院し、4か月間病院から出られなかった経験がある女性が当時の気持ちについて手記を寄せてくれました。
「誰も助けてくれない毎日の中での入院となり、救われたと思ってました」
「学校には行けないので、授業の遅れの不安があったけど教えてくれる人はいません。ずっとそばにいてくれる人もいません。遊んでくれる人も毎日ゆっくり話を聞いてくれる人もいません」
「本当に本当に、寂しかったのひと言です」

“子ども憲章”にも違反?

子どもの入院をめぐっては病気の子どもの支援などを行うヨーロッパや日本の17の団体で作る協会がおよそ30年前に合意した「病院のこども憲章」があります。
▽家庭的な環境がない病院での必要のない入院は子どもが健全に成長する権利を侵害するもので、避けなければならない
▽入院が避けられない場合でも子どもは親に代わる適切な保護者に付き添ってもらい、ケアを受ける権利があるとしています。
NHKの報道の翌日、塩崎厚生労働大臣は実態調査を行った上で対策を検討することを明らかにしました。「子どもが健全に育つ権利を守るためにも、子どもにいちばんあった養育を実現したい」と述べ、里親への委託や、特別養子縁組などの取り組みを進めていく考えも示しました。

国が実態把握に動くことは問題解決の一歩です。しかし、今も病院で苦しんでいる子どもたちが大勢います。こうした子どもたちを1人でも減らすために私たちは今後も取材を続けていきます。

特設サイト「退院できない子どもたち」ではこれまでのニュースや動画をご覧いただけます。ご意見や体験談も募集しています。