「人に迷惑かけていい」40年前のドラマにいま、共感

「人に迷惑かけていい」40年前のドラマにいま、共感
「人に迷惑をかけることを怖れるな」
40年近く前のテレビドラマのせりふです。いま、この言葉が静かな共感を呼んでいます。ドラマは、山田太一さんが脚本を手がけた『男たちの旅路』シリーズの『車輪の一歩』。身体障害者に対する当時の社会の厳しい現実を正面から描いた作品で、このせりふは、主役の俳優が周囲に遠慮しながら暮らす車いすの青年を励ますシーンで使われました。
このドラマ、今の時代に何を問いかけているのか。山田太一さんや、車いすの男性を演じた俳優の斎藤洋介さんに話を聞きました。
(ネットワーク報道部 野町かずみ記者)
今ほどバリアフリーが進んでいなかった昭和54年に放送された『車輪の一歩』。どう生きるべきか悩む車いすの青年に対して、主役のガードマンを演じた鶴田浩二さんは、優しく諭します。

「人に迷惑をかけること怖れるな」

今ほどバリアフリーが進んでいなかった昭和54年に放送された『車輪の一歩』。どう生きるべきか悩む車いすの青年に対して、主役のガードマンを演じた鶴田浩二さんは、優しく諭します。
「『人に迷惑をかけるな』という社会が一番疑わないルールが君たちを縛っている。君たちは、普通の人が守っているルールは、自分たちも守るというかもしれない。しかし、私はそうじゃないと思う。君たちが、街へ出て、電車に乗ったり、階段を上がったり、映画館へ入ったり、そんなことを自由に出来ないルールはおかしいんだ。いちいち後ろめたい気持ちになったりするのはおかしい。私はむしろ堂々と、胸を張って、迷惑をかける決心をすべきだと思った」

そして、人に助けてもらうとき、節度は必要だ。しかし、毎回、世話になったと傷つく必要はない。元気な人が少し手伝うのは当然で「迷惑をかけることを怖れるな」と力強く語りかけます。

静かな共感広がる

ここのところ、航空機への搭乗拒否をはじめ障害者が関係したニュースが報じられ、その度に、この言葉やドラマが引き合いに出されて「昔と何も変わっていないじゃないか」という議論がネットで見られます。

去年、相模原の事件が起きたときは。

「迷惑を掛けてはいけないという道徳を追い詰めていくと人に迷惑を掛ける人間は抹消しても良いに繋がっていく」

先月、航空会社が車いすの人の搭乗を拒否した問題では。

「バニラエアの一連の騒動を見て『車輪の一歩』を思い出す。初放送から40年近くもたつのにほとんど進歩していない」
「車輪の一歩を見た世代としては「必要な迷惑はかけるべきだ」という思いが強くある。あのドラマの衝撃は相当だった」

今の時代だからこそ、若い人に見てほしいという声も数多く上がっています。

障害者の暗い現実を描いた異色作

『車輪の一歩』は、バリアフリーが今ほど進んでいない時代に、障害者の問題に真正面から向き合った異色の作品で、数多い山田太一さん脚本のドラマの中でも、名作中の名作と言われています。

冒頭は、車いすの青年のグループが一般人の通行をわざと邪魔して公共の場所を占拠、鶴田浩二たちガードマンを困らせるという意外な展開で始まります。
1人では電車やバスに乗れず、タクシーには乗車拒否され、アパートも貸してもらえない車いすの人の悩み。その現実を目のあたりにした鶴田さんらは青年たちを手助けするようになります。

車いすの青年を演じた斎藤洋介さん(66)は、車いすを理由に風俗店への入店を断られ、両親の前で号泣する難しい役を演じ、強烈な印象を残しました。

車いすの役の6人は、斎藤さんも含め、当時は無名の俳優ばかり。顔が知れた俳優だとリアルさが出ないからとの抜てきで、斎藤さんらは体当たりで演じたと、当時を振り返ります。
「腕の力だけで階段を上がる演技など本当に大変で、演技を通して、その不便さを身にしみて感じ、素直な演技ができました。川崎の風俗街に車いすで行くシーンでは、撮影中、本物のやくざに取り囲まれて『なんだ、オメーこんな所来やがって』とすごまれて。わからなくて、そのまま演技を続けて、その様子がそのまま放送されました。リアリティのある演技と言うより、現実そのものだったんです」

ラストシーンは、今のようにエレベーターやスロープもない駅の階段。障害があることで引きこもりがちだった車いすの女の子が、周りの人たちに対して、勇気を振り絞って、「どなたか…私を上まで上げてもらえませんか」と、大きな声で叫びます。

「人に迷惑をかけていい」山田太一の思い

ドラマにはどのような思いが込められているのか。
脚本を書いた山田太一さん(83)は、当時の対談の中で次のように答えていました。

「人間の生き方の中には、迷惑を掛けてもこのことはやらなければいけないということがいっぱいある。募金にしても署名活動にしても、それは人の迷惑を考えたらやれないのです。単に身障者の話と言うことで無くて、もう少し普遍的なものを裏側に用意したつもりです」
山田さんに障害者をめぐる最近の状況やドラマのことについて、改めてお話を伺いたいと思い、自宅を訪ねました。

---まず、先月、航空会社が車いすの人の搭乗を拒否した件について聞いたところ、ニュースで知って、驚いたという答えが返ってきました。

「あのドラマから40年近くたっているのに、そんなことをいまだにしているのかとショックを受けました。小さいとは言え、公共の交通機関なのだから。この40年でハード面では大きくは変わったことは事実だけど、世の中はそう簡単に変わらないと思いました」

---そして、「迷惑をかけることを怖れるな」と言うセリフについて聞くと。

「3年間にわたって車いすの人たちとつきあい、大変な苦労をしている日常に接する中で到達したものです。彼らは、とても大きなものに縛られていて、あそこまで露骨に言わないと、世間にわかってもらえないと思いました」

---『迷惑をかけることを怖れるな』という言葉が共感を呼んでいることについて。

「現実が、そうじゃないからこそ、こういう言葉を必要としているのでしょうか。障害者ではない人で、他人事だと思っていても、実は、形を変えて自分の問題になっているなと感じている人が多いからではないでしょうか」

なぜ今 共感が

このドラマのメッセージに共感が広がっているのはなぜなのか。ドラマのほかの関係者にも聞きました。

今でも折に触れてドラマを見返すという俳優の斎藤洋介さんは、今でもこのドラマが繰り返し思い起こされる理由として、「忙しい社会の中で、本来、人間が持っていなければならない『優しさの魂』みたいなものを思い出させてくれるからではないかと感じている」と話しました。

また、ことし1月、『車輪の一歩』を含むシナリオ集を出版した里山社の清田麻衣子さんは「あのせりふは、容易には社会が乗りこえられない。でも、こうありたいとみんなが思う1つの指針なのではないか」と話していました。

私は数年前にこのドラマに初めて接しました。車いすから降りた人がはうように階段を上る場面や障害者の性の問題、障害者の親の思い。知らなかったことばかりで、その生々しさに目を開かされる思いでした。

放送からおよそ40年。この間、ハード面ではバリアフリーが進み、車いすの人も積極的に外に出るようになっていますが、全員が同じように不自由なく暮らせているとは言えません。車いすの当事者に聞いてみると、逆に、多くの人が電車では、障害者は駅員に任せればいいやと思うようになるなど、ふれあいが少なくなっている側面もあると言います。

健常者が、駐車場の障害者用のスペースに車を止めたり、多目的トイレを長時間使うなど、無理解や無関心から来る行為もあとを絶ちません。そして、障害者に限らず、シングルマザーや老老介護など、人に遠慮してなかなか助けを求められない人たちは、実は、今の時代にも多くいます。

社会的なゆとりが失われるなか、自分がいつ同じような「社会的弱者」になってもおかしくないという実感が、共感となって広がっているように思います。「迷惑をかけることを怖れるな」、この言葉を知っているだけでも、無関心から解放されて少しだけ優しくなれるかもしれない。そう思いました。