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12月26日のニュース

国の情報提供 適切と言えずと指摘

事故調査・検証委員会の中間報告では、政府の現地対策本部が置かれた「オフサイトセンター」が機能不全に陥ったことや、総理大臣官邸の内部で関係組織の連携が不十分だったことなど、国の事故対応に問題があったと指摘しています。
中間報告によりますと、まず政府の現地対策本部が置かれ関係者が集まって緊急時の対策の中心となる「オフサイトセンター」では、国や自治体の職員が地震などの影響で集まれず、通信手段もまひしていたうえ、放射性物質が建物内に入り込むのを防ぐ対策が不十分だったことから、機能不全に陥ったとしています。
総理大臣官邸では、原発の事故発生後に、地下の「危機管理センター」に各省庁の幹部が集まりましたが、事故対応の意思決定は当時の菅総理大臣や閣僚、それに東京電力の幹部などがいた5階で行われ、双方のコミュニケーションは不十分だったと指摘しました。
しかも、官邸5階の東電幹部は、原発の状況を知る通信手段が携帯電話しかなく、1号機の水素爆発はテレビで初めて知ったということです。
こうしたなか、放射性物質の広がりを予測する「SPEEDI」と呼ばれるシステムは所管官庁の文部科学省の関係者が官邸の5階におらず、避難指示の決定に「SPEEDI」のデータが活用されなかったと指摘しています。
中間報告では3月11日から12日にかけて、避難の範囲が拡大していった際の地元自治体の混乱が記され、例えば浪江町では、住民が当初、避難した先が3日後に危険と判断され、再度避難しましたが、その避難経路は放射性物質の拡散方向と一致していたことがあとから分かったとしています。
中間報告では、「国による避難の指示は自治体に迅速に届かなかったばかりか、その内容も『ともかく逃げろ』というだけの情報に等しく、きめ細かさに欠けていた」と批判しています。
一方、中間報告は、国の原発事故対策で事故の情報を集めて官邸などに提供する役割を担う原子力安全・保安院の当時の対応についても厳しく批判しています。
それによりますと、事故のあと、福島第一原発の対策本部にいた保安院の検査官5人は、3月12日早朝、1号機の格納容器内の圧力が上昇し、ベントの作業が進められていた段階で原発からおよそ5キロ離れたオフサイトセンターに退避しており、「この判断にははなはだ疑問が残る」と指摘しています。
また、東京の保安院では、事故についての情報は派遣されてきた東京電力の社員から得ていましたが、中間報告ではその情報が迅速でないと知りながら積極的に情報を集めなかったとして、「自覚と問題意識に欠けていた」と批判しています。

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