ALS患者が託してくれた“最後の声”

金沢市で暮らす髙橋利子さん。全身の筋肉が動かなくなる進行性の難病、ALSを患っています。
2021年3月、髙橋さんは、ニュースポストにこう投稿してくれました。

「ずっと、お風呂に入れていないんです」

書き込みを見た、金沢放送局の新人記者(当時)、松葉翼。

「いったい、どういうことなんだろう?」

すぐに髙橋さんに連絡を取り、会いに行きました。

私(松葉)が自宅を訪ねると、髙橋さんはベッドの上で横になっていました。
病気はすでに進行し、体はほとんど動かせない状態でした。

髙橋さんが寄せてくれたのは、こんな投稿です。

「訪問入浴の介護サービスの利用をすべての業者から断られ、3週間もお風呂に入ることができていない。その現状をニュースで伝えてほしい」

自分が置かれた現状を広く伝えてほしいと、髙橋さんは、いくつかの報道機関に連絡したそうです。
でも、実際に取材に来たのは私が初めてだと、教えてくれました。

ALSは、進行すると自力で呼吸ができなくなります。
医師から、「延命手術を受けないと、長くは生きられない」と告げられていた髙橋さん。
近々、気管を切開して、人工呼吸器を付ける手術を受けることになっていました。

気管を切開してしまったら、もう、声を出すことはできません。

「自分で話せるうちに、自分の声で伝えたい」
タイムリミットが迫る中、その思いを、「ニュースポスト」に託してくれたのです。

(松葉記者の取材ノート)

髙橋さんが手術を受けるまで、残された時間は3週間ほど。

ALSという病気のこと。訪問入浴という介護サービスや制度のこと。
事業者をとりまく経営環境や国や自治体の現状認識、それに専門家の見解。
取材しなければならないことは、山のようにありました。

焦りや不安を感じながら、一つ一つ、取材を積み重ねた結果、驚きの事実が分かりました。
金沢市で訪問入浴の介護サービスを行っている3つの事業者が、いずれも新規の利用者の受け入れを断らざるを得ない状況になっていたのです。

背景には、介護の担い手不足に加え、コロナの影響で在宅介護を選ぶ人が増えたことがありました。

お風呂に入りたくても入れないのは、髙橋さんだけではなかった。

すぐそばに、困っている人が大勢いたのです。

髙橋さんからの投稿がなければ、この事実を知ることも、伝えることもできなかったと思います。

全国ニュースでその実態を伝える放送を目前に控えた日の夜。
病院の髙橋さんから、携帯に着信がありました。

「明日が手術になりました。これが本当に最後の声だと思うからお礼が言いたくて。私の伝えたかったことを取材してくれてうれしかった。本当にありがとう」

託された思いに、こたえることができた。
少し、肩の荷が下りた気がしました。

髙橋さんは、夫の利裕さんと、小学校に入学したばかりの長男・利久くんとの3人家族です。

たとえ声を失っても、少しでも長く生き、利久くんの成長をそばで見守っていきたい。

そんな髙橋さんの母としての思いも織り交ぜてまとめたのが、「お風呂にね、入りたいんです 彼女が託した“最後の声”』という記事です

ニュースと記事には、ともに大きな反響がありました。

それまで、人工呼吸器の患者を受け入れたことがなかったという金沢市のデイサービスの事業者が、「髙橋さんにぜひお風呂に入って欲しい」と、スタッフの研修などをして体制を整備。
髙橋さんは週1回、通所で入浴ができるようになりました。

介護人材の不足という、重い課題が解消されたわけではありません。
本当に、小さな1歩かもしれません。
でも、自分が伝えることで、誰かのあしたが、きょうより少しでも明るくなれば。
高橋さんとの出会いが、そんな思いを持たせてくれました。

私たちは、あなたの声で、動き出します。