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車の整備工場が消える?

愛車を持っている人なら誰でもお世話になる車の整備工場。そのほとんどが零細企業で、今、深刻な人手不足に頭を悩ませています。求人を出しても若い人が来てくれない、仕事の依頼を受けても手が回らない…。そんな厳しい状況にさらに追い打ちをかける事態が起きています。世界の自動車業界で加速する、あの動きです。
(経済部記者 山根力)

あと10年続けられるか

「若い人間がいない、跡継ぎもいないと、やむをえずやめていく会社もあるんです」

福岡市の従業員10人の整備工場「丸善自動車」で工場長を務める原口佳庸さん(38)は、苦虫をかみつぶしたような表情で、深刻な人手不足の状況を話してくれました。

地元でおよそ40年続けてきた原口さんの会社も、整備士が1人、また1人と減り、今は38歳の原口さんがいちばん若手の6人で、なんとか仕事を回しています。それでも最近は、せっかく仕事の依頼を受けても断るケースが増えているといいます。

これではまずいと求人を出しましたが、なかなか働き手は見つからず、今も人員を補充できずにいるそうです。

「少子化だし、職種の多様化もあるけんですね、猫も杓子も人手不足だと思うけど…」と原口さん。これに同僚も言葉を続けました。「あと10年かな、やっていけるのは」

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EVシフトの衝撃

「続けられるのはあと10年」

それは、人手不足だけが理由ではありません。原口さんたちの頭を悩ませているのは、自動車業界で加速するEVシフトの動きです。

ガソリンエンジンではなく、電池とモーターで走る電気自動車。整備の方法は大きく変わりますが、原口さんたちに、そのノウハウも必要な設備もありません。

電気自動車など電気で走る次世代の車の整備に欠かせないのが、スキャンツールと呼ばれる診断器。車の中に張り巡らされた電子制御システムのどこに不具合があるのかを見つける機械です。それぞれのメーカーごとに専用のスキャンツールがあり、1台100万円以上します。

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車が進化するのに伴って診断器を更新しなければならず、零細の整備工場にとっては負担の重い設備投資になります。しかも、機械を手に入れたからといって、使いこなせなければ意味がありません。

日本でEVが本格的に普及し始めたら、どうなるのかー。原口さんの不安は募るばかりです。

「小さい工場は淘汰(とうた)される方向やけんね。もう修理専門じゃないけど、ディーラーがせんことをやっていくしかないですよね、町工場では」

整備士育成は道半ば

どうすればEVシフトに対応できるのか。

私は、三菱自動車工業が行う自動車整備士の技術コンテストを取材しました。

ことしの課題はガソリンと電気の両方で走る「プラグインハイブリッド車」の整備。40分以内に車の不具合を見つけ出し、修理することが求められます。しかし、参加した16人の整備士のうち、制限時間内に電子回路の断線を見つけ出し、作業手順も含めて完璧に課題をクリアできたのは1人だけでした。

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不具合を見つけても、ガソリン車にはない、車の電子回路の図面の見方がわからなかったり、高い電圧の部品を遮断して安全に作業する方法を身につけていなかったりすれば、修理することはできません。

大手メーカーといえども、EVシフトに対応できる整備士の育成はまだこれからなのです。

三菱自動車工業の佐藤慶一グローバルアフターセールス本部長は「環境対応の中で、電動化は避けられない。当面は、先進的な車と従来の車が混在する状態になるので、販売店のスタッフにはさまざまな経験と知識が求められる」と話していました。

整備士に「EV資格」

このメーカーでは、「EV資格」と呼ばれる社内独自の資格を設けて、整備士の育成を進めています。高い技術や知識が必要な1級から定期点検はできるレベルの3級まであり、必要な研修と筆記試験に合格しなければ、現場で電気自動車やプラグインハイブリッド車の点検や整備を行うことを認めていません。

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先月、岡山県倉敷市で行われた2級の研修と試験の様子を取材しました。ここで、問われたのは作業の安全性です。車に搭載されているリチウムイオンバッテリーの重さは200キロ。取り外すには、車体をリフトで持ち上げる必要がありますが、万が一、落下すれば発火や爆発の危険があります。また、電池の内部は電圧が高く、分解や修理の際に取り扱いを誤ると命にかかわる危険性もあるのです。

整備士は、電気を通さない特殊な手袋を着用し、徐々に電圧を下げながら、分解していきます。指導する社員は感電のおそれがあると何度も注意していました。

整備士の1人は「研修を早めに受けることでEVに対する苦手意識がなくなり、時代についていける」と話していました。

このメーカーでは、全国の各販売店(整備工場)に少なくとも1人のEV1級の整備士を配置できるよう取り組みを進めたいとしています。

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8割は零細企業

業界団体によると、全国9万2000か所の認証工場のうち、8割はメーカーの販売店ではない、従業員10人以下の中小零細の工場です。国土交通省は、こうした工場の経営が立ちゆかなくなれば、全国に8000万台ある車の安全にも影響が出かねないと指摘しています。

日本では電気自動車の普及率は1%に満たない状況ですが、2030年には電気自動車などが新車に占める割合が30%程度になるとする予測もあります。それまでの時間を有効に使い、いかに整備士を育成していくのか。華々しいEVシフトの影にある、見過ごすことのできない課題だと言えます。

山根 力
経済部記者
山根 力
平成19年入局
松江局、神戸局をへて
農水省、経産省を取材
現在は自動車業界を担当