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北朝鮮ミサイル発射でなぜ円高に?

列島を震撼させている北朝鮮のたび重なるミサイル発射。
8月29日早朝、北朝鮮の弾道ミサイルは日本上空を通過し、列島各地でJアラートがけたたましく鳴り響きました。そして9月3日には、国際社会をあざ笑うかのように6回目の核実験が強行されるなど、北朝鮮情勢は緊迫の度を増しています。
こうした緊急事態が発生するたび、外国為替市場では円が買われ、「円高ドル安」が進んでいます。日本が危険にさらされているにもかかわらず、なぜ円は買われるのか。市場で比較的安全な資産とされる私たちの通貨・円について考えてみたいと思います。
(経済部記者 新井俊毅)

北朝鮮ミサイル発射で「円高」

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8月29日、午前6時半すぎ。
大手銀行のディーリングルームには、北朝鮮ミサイル発射の一報を受けて為替部門の担当者が次々とかけつけました。円相場の値動きを示すチャートはずるずると円高方向に動いていき、部屋には緊張感が走ったといいます。

この日の円相場は午前6時前の時点で、1ドル=109円20銭~30銭程度でしたが、ミサイル発射の一報が伝わった直後から円高が急速に進行。
菅官房長官が記者会見で、ミサイルが日本上空を通過し、襟裳岬の東、約1180キロの太平洋上に落下したものと推定されるとしたうえで「わが国の安全保障にとってこれまでにない深刻かつ重大な脅威だ」と述べると、円を買う動きは一段と強まりました。

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そして午前7時前には1ドル=108円33銭まで円高ドル安が進み、円相場はわずか1時間ほどで1円程度値上がりしました。

この時間帯、円はドルやユーロをはじめ、主要通貨に対して軒並み上昇。日本が重大な危険にさらされたにもかかわらず、円が買われる展開となったのです。

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“有事の円買い”で円高ドル安に

「有事のドル買い」ならぬ「有事の円買い」。このところ、その傾向が顕著になっています。

最近では、去年6月、イギリスの国民投票でEU離脱が優勢と伝わると、円相場は1ドル=99円台まで急騰。世界経済の不透明感が一気に強まる“有事”が起きたにもかかわらず、「安全資産」として円買いの動きが加速したのです。

しかし、国家財政が先進各国で最悪の水準にある上、人口減少で国内市場の縮小が懸念される日本の通貨・円が、なぜ市場で「安全資産」とみなされ、有事の際に買われるのでしょうか。

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有事の円高(1) ~世界一の対外純資産~

その要因の1つとして専門家が指摘するのが、日本が世界最大の「対外純資産国」である点です。その額は2016年末で約350兆円に達し、2位の中国の1.6倍に相当します。

専門家は、有事が生じると、投資家の間で資金を相対的に安全な資産に移そうという動きが出て、円がその受け皿になると指摘します。

海外に巨額の資産を有し、経常黒字国の日本の通貨・円は「信用」がある上、換金しやすい「流動性」も安心材料となって、有事の際に円を買う動きが強まるといいます。

また、有事の際には、日本の企業や投資家が海外に保有する外貨建ての資産を売って、円資産として手元に戻す「リパトリエーション」が起こるという思惑も働きやすくなります。

海外の投資家はこうした動きに先んじて円を買おうとする傾向があり、2011年の東日本大震災では「保険金の支払いに充てるために、国内の保険会社が海外に持っている資産を売るのではないか」という観測が広がり、短時間に1ドル=80円台後半から1ドル=76円台前半まで円が急伸する事態が生じました。

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有事の円高(2)~円キャリー取引~

もう1つ、専門家が指摘するのが「円キャリー取引」の巻き戻しによる円高です。

海外の投資家は、国際情勢や世界経済が安定している状況では、超低金利で円を調達し、より金利が高い(利回りが見込める)外貨に投資する「円キャリー取引」を積極的に仕掛けていると見られます。

しかし、いったん有事が生じると、投資家はリスクを避けようと新興国などの高利回り資産への投資を縮小し円資産を買い戻す動きに転じ、それが円高をもたらすという指摘です。

北朝鮮リスクで円高~専門家の見方は~

では、以上の指摘を踏まえ、このところの北朝鮮情勢の緊迫化による円高の動きはどう考えればいいのでしょうか。

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あおぞら銀行市場商品部の諸我晃部長は次のように分析しています。

「ことしに入って、北朝鮮はミサイルの発射を繰り返していたことから、市場はいわば『ミサイル慣れ』とも言える状態にあったが、今回、日本の上空を通過したことで、『リパトリエーション』(本国への資金の環流)が起きるのではないかとの連想が働いた。それに加えて、『北朝鮮がミサイルを発射すれば、まずは円買い』などとプログラムされたアルゴリズム取引の影響もあると見られる」

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一方、みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストは次のように話します。

「投資家の多くが日本に大きな被害が出るような事態を見込んでいないため、今回は円買いにつながったが、値上がり幅は限定的だった。むしろ一部の投資家は、日本がさらに深刻な事態に直面するおそれもあると考えて、円を買い控えた可能性もある。また、今回は円のほか、スイスフランや米ドルも買われており、『有事のドル買い』という発想が消えた訳ではない」

北朝鮮リスクで「円高」は続くのか

8日、外国為替市場では北朝鮮情勢に対する警戒感などを背景に、およそ10か月ぶりに1ドル=107円台まで円高ドル安が進みました。

北朝鮮のミサイルが日本の上空を通過したり、核実験が強行されたりしても、条件反射のように進む「有事の円買い」。ただこれは「日本が直接攻撃される事態には至らないのでは」という見方が市場で大勢を占めていることの表れとも言えます。

逆に言えば、市場の予想が覆される事態が生じれば、一転して「急激な円売り」が起こるおそれもあります。「噂で買って、事実で売れ」という格言があるように、市場は思惑や観測で大きく動きます。

「安全資産」とみなされる円ですが、その土台となる日本経済は財政悪化に歯止めがかからず、低成長から抜け出せないなど、もろさをはらんでいます。
今後、北朝鮮情勢がさらにエスカレートするなど“有事”が顕在化した際、投資家が円を信認し続けるのかは予断を許しません。

新井俊毅
経済部記者
新井俊毅
平成17年入局
北見局、札幌局をへて経済部
現在、金融担当