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実は深刻 アジアのフェイクニュース

トランプ大統領が当選した去年のアメリカ大統領選挙やことしのフランス大統領選挙で、影響が懸念されたフェイクニュース(偽の情報)。実は、アジアでも深刻な問題になっています。

ソーシャルメディアやチャットアプリなどを通じて、フェイクニュースが瞬く間に拡散し、暴動や殺人事件まで起きているのです。一方、インドネシアやタイでは、フェイクニュースの拡散を防ごうと、情報の真偽を検証するファクトチェックと呼ばれる活動が始まっています。
(ネットワーク報道部 山本 智)

フェイクニュースで死者や暴動も

「インドネシアでは、去年9月、フェイクニュースに煽動された群衆が寺院や仏塔を襲って略奪する事件が起きました。また、ことし3月には、フェイクニュースによって子どもの誘拐犯と間違われた男性が殺害される事件も起きています」

7月中旬、シンガポールで開かれたアジアのメディア関係者の会議。インドネシアのITエンジニアで、フェイクニュース対策の活動を進めているセプティアジ・エコ・ヌゴロさんは、こう話しました。

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人口2億5000万超のインドネシアは、300を超える民族が1つの国を構成する多民族国家です。一方、約9300万人がスマートフォンを所有していると言われ、ソーシャルメディアやチャットが日常のコミュニケーション手段として普及しています。

セプティアジさんは「私たちは、これまでも宗教や民族をめぐる対立でたびたび争いが起きるなど、悲しい歴史を繰り返してきました。ITの普及は、こうした対立をさらに助長しています」と述べ、スマホを通じてシェア(共有)され、拡散するフェイクニュースが、国民の間の対立を煽り、深刻な問題を引き起こしていると指摘しました。

なぜ、簡単にフェイクニュースを信じ込んでしまうのでしょうか。

セプティアジさんがまず原因に挙げたのが、メディアに対するリテラシー(読解力)の低さです。IT化が急速に進んだため、多くの人々が、スマホの画面に流れてくる情報を、ほかのメディアで確かめることなしに簡単に信じたり、シェアしたりしていると言います。

もう1つの原因が、メディアの未成熟です。地元のメディアは、いわゆる党派色の強い新聞やテレビが多く、メディア不信が高まっていたところにスマホが登場し、情報やニュースに接する新しいメディアとして受け入れられるようになったと言います。

動き始めたファクトチェック

こうしたフェイクニュースの拡散に対抗しようと去年12月に設立されたのが「Turn Back Hoax(でっちあげをつき返せ!)」という民間団体です。IT技術者や科学者、それに、市民ジャーナリストが協力して立ち上げました。

主な活動の1つが、ファクトチェックです。ニュースの真偽を検証し、事実なのか、でっちあげなのかを判断して共有します。

ファクトチェックの手段として使っているのがクラウドソーシングと呼ばれる手法です。フェイスブックを通じて、フェイクニュースの疑いのあるニュースや、その真偽を検証するための情報の提供を一般に呼びかけ、科学者や市民ジャーナリストなどの専門家が真偽を判断して、返信します。また、検証結果をデータベース化したサイトも作り、情報を共有できるようにもしました。立ち上げから半年余りで10万人を超える人がボランティアで参加し、ファクトチェックに携わっています。

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さらに、ネット上の情報やニュースの真偽の確かめ方などリテラシーの向上を図る教育活動を行なったり、フェイクニュースによって分断された“壁“を打ち破るため、異なる民族や宗教の人々を集めて融和を図る集会を開いたりもしています。ことし1月には、ジャカルタなどの主要都市で、活動への参加を呼びかける大規模な集会を一斉に開きました。

Turn Back Hoaxの設立に関わったセプティアジさんは「ことしは、ファクトチェックの専門家をさらに増やしたり、ボランティアへのトレーニングを実施したりして、活動の規模をさらに広げていきたい」と意気込んでいます。

ファクトチェックの番組も

ソーシャルメディアで流れているこのニュース。本当に事実なのでしょうか?

タイのニュース番組で、毎日、放送されている「Sure and Share(確かめてシェアしよう)」というコーナー。タイ ニュースエージェンシーのリポーター、ピラポン・アヌタラソさんは、厳しい表情で視聴者に問いかけました。

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ピラポンさんは、視聴者から寄せられたフェイクニュースの疑いのあるニュースについて、内容が事実かどうか、みずからファクトチェックを行い、結果を3分程度のリポートにまとめて放送しています。これまでに放送した番組は450本を超えると言います。

フェイクニュースの情報収集に使っているのが、日本でも人気のチャットアプリLINEです。ピラポンさんがファクトチェックのために作ったLINEのグループには、1日当たり100を超える情報や問い合わせが来ると言います。

「タイでもLINEの人気は高く、多くの人が日常生活だけでなく、仕事でも利用し、1人当たり平均で最低でも50のLINEグループに参加していると言われています。このため、フェイクニュースもLINEを通じて拡散することが多いのです」とピラポンさんは話します。

フェイクニュースの多くは、健康問題や有名人に関するゴシップです。“豚の首に毒性の高いリンパ節があることがわかり、食べることが禁止された““NASA(アメリカ航空宇宙局)がバンコクで大洪水が発生すると警告している“ーこうしたフェイクニュースが、特に高齢者を中心に拡散されていると言います。

去年10月には、オートファジーと呼ばれる仕組みを解明し、ノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典さんに関するフェイクニュースが拡散しました。

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オートファジーは、本来、細胞が不要になったタンパク質などを分解して必要なものに作り変える、いわば、リサイクルの仕組みのことです。しかし、大隅さんの受賞直後からタイで拡散したフェイクニュースでは、夕食を取らないなど食事を制限をすることで、過剰なものや不要なものがリサイクルされ、“若返り“に効果がある仕組みだと紹介されたのです。

ピラポンさんは、すぐに大学の研究者に取材するなどして、ファクトチェックを行いました。そして、大隅さんがノーベル賞を受賞したことや、オートファジーの研究がさまざまな病気の解明につながると期待されているのは事実であること、しかし、その一方で、人間の食事制限とオートファジーは直接、関係のないことなどを紹介し、このニュースはシェアされるべきではないと番組で紹介しました。

フェイクニュースに対抗するには

ピラポンさんの悩みは、ファクトチェックの結果がなかなか拡散しないことです。

放送された番組の映像や音声はネットやソーシャルメディアに投稿し、誰もがいつでも見ることができるようにしています。しかし、通信環境がよくないタイでは、動画や音声はあまり見られていないのです。

そこで始めたのが、インフォグラフィックスと呼ばれるコンテンツです。イラストや写真、コンパクトな見出しなどを使って、ファクトチェックの結果を一目でわかるようにしました。また、音声なしでもわかる30秒程度の短い動画の制作も始めています。

「フェイクニュースの多くはウェブでの広告収入が目当てで、インパクトのある見出しなどを使って、人々の興味を引くように、そして、シェアされやすいように巧妙に仕組まれています。タイでは、来年に予定されている総選挙を控えて、政治的な対立を煽るようなものも目立ち始めました。こうしたフェイクニュースに対抗し、ファクトチェックの結果を広く届けるためには、伝え方をより工夫していく必要があります」とピラポンさんは強調しました。

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「マレーシアでも約1500のフェイクニュースのサイトが確認されています」

シンガポールの会議では、アジアのメディア関係者から、フェイクニュースへの対応がメディアやジャーナリズムの喫緊の課題だと次々に指摘されました。しかし、ほとんどの国では、フェイクニュースがどの程度拡散し、人々の生活に影響を与えているのか、実態はまだよくわからないのが現状です。

アジアのフェイクニュースに対抗していくためにはどうすればいいのか?

アジアのメディアリテラシー教育に携わり、フェイクニュースの弊害を訴えてきた、香港大学 ジャーナリズムメディア研究センターの鍛治本 正人准教授は次のように話しています。

まず、ネット上にあふれる数え切れない情報を主体的な判断で読み解いて、適切に取捨選択して必要な情報を活用する、メディアリテラシー教育の充実が必要です。昨今、フェイクニュースが世界的な注目を浴びるようになり、アジアでも状況が変わってきたとは感じますが、こうした教育活動を人々の間に浸透させるには、当然、時間がかかります。

また、アジアでは、政治形態や報道文化の違い、言葉の壁からくる違いは大きいと考えています。例えば、グーグルやフェイスブックが打ち出す対応策にしても、まずは英語圏から始まります。また、ヨーロッパの国々では、民主主義を軸とした共同体としての意識が高いからなのか、国内外の報道機関が協力して既存メディアに対する不信感を、払拭、信頼を取り戻すよう協力し合うといった動きも活発になってきていますが、アジアでは、そもそも、民主主義の成熟度も違えば、中国、ベトナム、ラオスなどの共産主義の国、タイのような軍事政権の国もあるわけで、どうしても各国、各報道機関が、バラバラに反応するという形になってしまいます。

私も含め、アジアでメディアリテラシー教育に関わってきた人間は、それこそ7、8年前からフェイクニュースの社会的な弊害を訴え、対策を議論してきたわけですが、最近になるまで、それが問題であるという共通意識すらなかなか広がらなかったのも、同じような理由からかもしれません。

アジアのフェイクニュース対策は、まだ始まったばかりです。

山本 智
ネットワーク報道部
山本 智 記者