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ITから食品ベンチャー
異色社長の“栄養パスタ”

一食食べるとビタミンやカルシウムなど必要な栄養素が簡単に摂取できるというパスタの麺。ことし2月、インターネット上で発売されると同時に大きな注目を集めました。
この商品の開発、販売を行っているのは、大手IT企業でゲームや自動運転のビジネスを担当し、去年、食品ベンチャーを立ち上げた橋本舜社長(28)です。ITから食品と異色の経歴を持つ若手社長にIT出身者ならではの戦略や今後の可能性について話しを聞きました。(経済部 野口恭平記者)

自動運転から”栄養パスタ”へ

去年4月に設立された「ベースフード」は橋本さん含め社員2人の食品ベンチャーです。この会社の初めての商品が小麦全粒粉、チアシード、ビール酵母などを練り込んだ”栄養パスタ”です。

厚生労働省が出している「日本人の食事摂取基準」という指標をもとに、1日に必要な31種類の栄養素の3分の1の量を1食でとることができるとしています。1食分で650円(税込み)、試食してみましたがモチモチとした食感で、ほんのりした甘みがありました。

このパスタの麺、ことし2月にネット通販大手で販売を開始したところ用意した約2500食が4日間で売れ切れ、販売休止。2月末に販売を再開して以降も1日500食ほど売れているということです。

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ーーーIT企業から食品ベンチャー、全く違う業界に転身したのは?

橋本社長:大学を卒業後、何かモノ作りがしたいと思っていました。モノを作るってメーカーは当然ですが、IT企業でもできる。特にIT企業なら1年目とか2年目とか若手でも挑戦できるのではないかという思いからディー・エヌ・エーに入社しました。この会社では入社直後からミニゲームの企画や製作指揮などを任されたほか、4年目からは自動運転技術を使った無人タクシー事業にも携わりました。

無人タクシー事業では地方の交通弱者に安価で便利なサービスを提供するという目的もあり、地方自治体の実態を調べていました。このうち高齢者向けのデマンドバス事業に力を入れている山梨県甲州市に行ったことがきっかけとして大きくて、ヘルスケア事業に的を絞りました。

甲州市の担当者から「バス事業は赤字だけど高齢者が出歩いて健康になり、医療費を抑制できれば結果としてプラスだ」という話しを聞いたのです。自分たちの自動運転技術で移動コストを安くして、交通弱者を救いたいという思いが強まる一方で、もっと直接的に健康寿命を延ばすような仕事ができないかと感じました。

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ーーーそこから栄養素がつまったパスタに目をつけたのは?

橋本社長:もともとのアイデアはアメリカにありました。生活する上で必要な栄養素を詰め込んだドリンクを開発したベンチャー企業が著名なベンチャーキャピタルから出資を受けて事業を拡大し、シリコンバレーのエンジニアの間などで広まっていたんです。

この会社はもともとシリコンバレーの通信設備関係のベンチャーだったんですが、事業が行き詰まって生活も苦しくなる中、経営者がこのドリンクを開発。個人的に飲み始めたところ事業としての可能性に気づいたということです。

この会社や商品のことはIT企業や新規事業を担当している人たちの間ではかなり注目されていました。ただ、栄養剤のようにドリンクを飲むだけでは味気ないし、ふだんから食べる主食で作ったほうがもっと受け入れられやすいのではないかと思ったのです。パスタを選んだのは、いろいろな味付けで食べられて飽きないし、日本だけでなく海外でも一般的な主食だからです。

IT企業の経験をいかしマーケティングも

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ーーーとはいえ、ゼロからの開発に苦労はつきなかったのでは?

橋本社長:開発は前の会社で自動運転を担当していた時から、平日の夜や休みの日を使って進めました。専門業者から原材料を購入して、栄養素を計算してつくってみても、ゆでると溶ける、色が美味しくなさそう、まずい…などレシピをつくるのに苦労しました。退職を挟んで9か月ほどの間で、100回以上試作する中で、栄養学が専門の教授や管理栄養士、食品メーカーの方に助言をもらいながら作り上げました。

また、パスタの製造は自社では行わず既存の工場にお願いしています。岐阜県にあり、健康に配慮したパスタなどを製造している会社で、最初説明に行った時は社長にけげんな顔をされましたが、自分で試作品までつくっていた姿勢を評価されたのか、その後の開発や製造委託も協力してくれることになりました。

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ーーーIT企業での経験が生きたことは?

橋本社長:無人タクシーの事業を行っていた時に、一般的には規制緩和などハードルが高い分野ですが、「世の中のためになる」ということの理解が得られれば、多くの人が協力してくれるということを痛感しました。それは大きな経験です。また今回、半ばマーケティグの一環でクラウドファンディング(事業やサービスのアイデアをインターネットで公開し、出資金を広く一般から募る。代わりに出資者に商品などを優先提供する仕組み)を活用しました。3か月間で223人から109万円が集まりました。

これに応募してくれた方は私たちの理念に共感してくれたのはもちろん、情報感度が高い方々なので、実際に商品が良ければフェイスブックやインスタグラムでシェアしてくれます。で、それがまた広がる。昔は会社しか発信ができませんでしたが、今は個人が発信できる、こうしてネット上で関心を広げ、販売もアマゾンや、自社のサイトで行えば、大企業でなくとも多くの人に商品を届けることは可能です。ネット直販でマーケティングというのはIT出身者が得意とするところです。

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クラウドファンディングを活用

今後のベンチャーは

ーーー日本のベンチャーをどう見ている?

橋本社長:海外ではIT企業がバイオや健康などの分野に進出したり、食の分野でIT出身者が起業したりしているが、日本ではずっと『ITからIT』という動きばかり。制度や環境を整えるだけではなく、非ITの分野でも成功した事例やスーパースターが出ることで後に続く人が出て、IT業界から食の分野での起業も活発化していくのではないでしょうか。

「食品ベンチャーは今後増える」

橋本さんは、このパスタをレストランや社員食堂への導入も進める一方で、ラーメンの麺やパンなど別の主食でも栄養素の高い商品の開発を検討しているということです。

食品は、安全面への配慮の徹底が必要で、参入のハードルも低くはありません。食品ベンチャーの現状について「トーマツ ベンチャーサポート」の渡邉直さんは次のように指摘しています。

「海外でも食品ベンチャーはまだ少なく、ここ3~4年で『IoT』などと同様に『フード』というカテゴリーがベンチャーキャピタルなどの間でやっと注目されるようになってきたところだ。日本でも大手食品メーカーなどから『革新的なベンチャーと組みたい』という相談が相次いでいる。IT業界のようにすぐには進まないかもしれないが、日本でも食品ベンチャーは今後増えてくるだろう」

国内では、高齢化の進展とともに健康志向が高まっていますし、世界的に見ても、人口の増加により栄養価の高い食べ物が求められる時代になっています。食の分野でもベンチャー企業が多く出現していくことで、大手も巻き込んで、イノベーションが進むことを期待したいと思います。

野口恭平
経済部
野口恭平 記者