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サウジアラムコ上場 誘致大作戦

中東・サウジアラビアの石油会社が、私たちにとって、一気に身近な存在になるかもしれません。サウジアラビアは、国営石油会社「サウジアラムコ」の株式を上場する計画を進めていて、上場先の1つとして、東京証券取引所が候補になっているからです。

上場によって公開される株式の時価総額は実に230兆円。現在、世界最大であるアメリカのアップルのおよそ70兆円をはるかに超える規模です。世界の投資家が熱い視線を注ぐ巨大企業を東証に招き入れようと展開される異例の誘致活動。その最前線に迫ります。
(経済部・澤畑剛 ドバイ支局長・中山秀輝)

見切り発車のトップセールス

年の瀬も押し迫った去年の12月20日。東証を傘下に持つ日本取引所グループの清田瞭CEO=最高経営責任者が率いる一行が、サウジアラビアに向けて出発しました。

最大の狙いは、株式上場の計画を指揮する31歳の若きプリンス、ムハンマド副皇太子と面会し、東証の優位性をアピールするためです。特定の企業を“スカウト”するトップセールスは、異例中の異例。しかし、実は、出発日の当日になっても、副皇太子はおろか、関係閣僚と確実に会える見込みは立っていませんでした。いわば、“アポ無しの突撃トップセールス”です。

見切り発車の状態でも、訪問を強行した背景には、東証の焦りがありました。サウジアラムコが世界のどの取引所に上場するのか。金融業界では、早ければ去年の年末にも決まるという臆測が出回っていたからです。出発を前に、東証の幹部は「日本にいても焦るような情報しか入ってこない。トップセールスで事態を打開したい」と話していました。

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東京市場の活性化の起爆剤に

では、なぜ、東証はそこまで必死なのでしょうか?

理由は、東京市場の取り引き活性化の起爆剤にしたいからです。東証に上場する外国企業は、ピーク時の平成3年には127社に上りました。しかし、その後は減少の一途をたどります。東京市場の低迷に加え、世界中で取り引きの利便性が向上したこともあって、上場廃止を決める企業が相次ぎ、今や7社しかありません。

その東証を尻目に、アジアで勢力を伸ばしたのは、香港やシンガポールの取引所です。特に香港は外国企業の数が30を超えています。

一方、東証の強みは、株式の取り引き額では香港の2倍以上の規模を持つことです。東証にとって、サウジアラムコの誘致は、失った存在感を取り戻すだけでなく、ニューヨーク、ロンドンに次ぐ国際金融センターの座をめぐる香港との争いで優位に立つ千載一遇のチャンスと考えているのです。

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日本政府も積極支援 そのわけは

サウジアラムコの東証への誘致は、日本政府も全面的にサポートしています。去年9月に来日したムハンマド副皇太子に対し、安倍総理大臣は東証への上場を直接依頼。世耕経済産業大臣も去年10月に現地を訪れて、要請を行っています。

政府が積極的に関わる背景には、安定的に原油を確保する狙いもあります。サウジアラビアは、日本にとって30%以上を占める最大の供給元。サウジアラムコの東証への株式上場を通じて、関係を一段と強化したいと考えているのです。

もう1つの狙いとして、中国への対抗意識もあります。中国は今や日本を抜いて、サウジアラビアにとって最大の原油の販売先となりました。中国の政府高官は、サウジアラビアに頻繁に行き来しては、香港への上場を働きかけています。日本政府の関係者からは「中国に負けられない」とライバル意識むき出しの声も聞こえてきます。

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トップセールスの成果は?

サウジアラビアに飛び込んだ日本の一行。清田CEOは首都リヤドに到着後、ようやく待ち望んだ朗報を受け取りました。要人との会談の予定が確定したのです。現地の滞在予定はわずか2日間。土壇場で訪れた幸運です。

清田CEOは、最大のキーマンと目するムハンマド副皇太子と30分間、サウジアラムコの会長を兼務するファリハ・エネルギー産業鉱物資源相と1時間弱、それぞれ会談し、東証の魅力をアピールしました。

会談後、NHKのインタビューに応じたファリハ・エネルギー相は「東証の魅力がわかると同時に、誘致したいという熱意を感じた。東証には十分上場のチャンスを与えられる」と話し、前向きな認識を示しました。一方で、「1つ気になる点は、東証に上場する外国企業数が海外の主要市場に比べて少ないことだ。何か障害があるのか調査したい」とクギを刺すことも忘れませんでした。

突撃セールスを終えた清田CEOは一定の手応えを感じた様子で、「必要があれば何度でも来るつもりだ。それだけの価値がある」と熱く語っていました。

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“石油依存脱却”の切り札

ところで、サウジアラビアが国営石油会社の株式を上場しようとしている背景には、国の苦しい台所事情があります。

サウジアラビアは国家収入の80%を原油の輸出に頼ってきましたが、ここ数年の原油安の影響で、深刻な財政赤字に陥っています。2017年もおよそ6兆円の財政赤字が見込まれ、いかに収入を増やすかが急務になっているのです。

改革の旗手、ムハンマド副皇太子は去年、石油依存を脱する国家改造計画「ビジョン2030」を打ち出しました。

その柱が「投資立国」。投資によって得られる利益で、国家収入を補完しようという戦略です。その資金を得る手段が、サウジアラビアにとって「虎の子」ともいえる国営石油会社の株式上場というわけです。

2018年までに、国内外の取引所に株式を上場する計画で、見込まれる時価総額は230兆円。冒頭にも書いたとおり、世界最大のアップルのおよそ70兆円を3倍以上も上回る巨大企業の誕生は、「史上最大のIPO=新規株式公開」とも呼ばれています。

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上場先はどこに?

では、肝心の上場先はどこが有力なのでしょうか? サウジアラビアを訪問した東証の一行は、この点を質しましたが、政府首脳は「あらゆる詳細はまだ検討中だ」として多くを語らなかったといいます。関係者の話などをまとめると、計画が公表された当初は、国際金融センターの中心地=ニューヨークと、オイルマネーの資産運用の伝統的な拠点=ロンドン、そして、アジアからは成長著しい香港、この3か所が有力との見方が圧倒的で、東証が選ばれる可能性は低いと見られていました。

ところが、去年の秋ごろから風向きが変わっている様子もうかがえます。サウジアラビア政府や金融業界の複数の関係者からは「ニューヨークへの上場が難しくなってきたようで、東証にも可能性が出てきた」という話が聞こえてきます。

米サウジのすきま風 日本の追い風になるか?

“ニューヨーク上場に黄信号”という情報が流れる背景には何があるのでしょうか?

主な要因と見られているのは、サウジアラビアとアメリカの関係悪化です。去年9月末、アメリカで、15年前に起きた同時多発テロ事件の遺族がサウジアラビア政府に対し、損害賠償を求めることを可能にする法律が成立しました。首謀者のオサマ・ビンラディン容疑者と実行犯の多くは、サウジアラビアの出身だったからです。

これに対し、サウジアラビアは猛反発。さまざまな外交・経済ルートを通じて、撤回を働きかけています。サウジアラビアの重要閣僚は、日本の大手石油元売り会社の首脳にも電話をかけ、法案撤回への日本の協力を要請しました。こうした中で、サウジアラビアがアメリカに対する報復として、サウジアラムコのニューヨーク上場に慎重な姿勢に転換したというのが、“黄信号説”の根拠です。

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株式上場は安全保障政策

サウジアラビアから帰国した東証幹部は「上場先の判断は、半ば政治的に決めていくだろうという印象を持った」と話しています。

株式上場という経済的な事案を、なぜ政治的な事情で判断するのでしょうか。その答えは、中東とエネルギーをめぐる情勢の歴史的転換の中に見いだせそうです。サウジアラビアは長年、ペルシャ湾の対岸にあるイランと対立し、後ろ盾であるアメリカに守られている状態にありました。

しかし、去年、オバマ政権はサウジアラビアの反対を押し切って、イランと核開発問題をめぐる歴史的な合意にこぎ着けました。一方、エネルギー情勢に目を転じると、アメリカはシェール革命の恩恵で原油生産が飛躍的に増大し、エネルギーの自給自足に向かっています。

この結果、石油市場の安定のために、中東地域に関与する必要性が低下しつつあるのです。こうした情勢の変化を受けて、サウジアラビアは、安全保障のパートナーの多角化を模索していると見られています。

ムハンマド副皇太子は、中国で習近平国家主席と会談、ロシアではプーチン大統領と会談するなど、精力的に世界を飛び回っています。サウジアラビア政府の関係者の1人は「安全保障の新たなパートナーを考慮しながら、株式の上場先や売却先を選ぶのは自然な流れだ」と話しています。

東証 今後の戦略は

トップセールスで、政府首脳とのパイプ作りにまずは成功した東証。今後は、サウジアラビアから依頼された首都リヤドの証券取引所への技術協力に応じることで、誘致合戦を少しでも有利に運びたい考えです。

早ければ数か月以内にも決まるサウジアラムコの株式の上場先。東京市場の活性化のカギを握るだけでなく、中東情勢の将来にとっても重要な意味を持つことになりそうです。

澤畑剛
経済部
澤畑剛 記者
中山秀輝
ドバイ支局長
中山秀輝 記者