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“夢の新薬” オプジーボと財政危機

画期的ながん治療薬が国家財政に“危機”をもたらしかねない事態になっています。肺がんなどの治療薬「オプジーボ」。政府は、再来年の薬価改定を前に、緊急に価格の引き下げを検討し始めました。なぜ、オプジーボが国の財政に悪影響を及ぼすのか?背景には、急速に進む医学の進歩と先進国で最悪と言われる日本の財政事情があります。

“夢の新薬”か

オプジーボは、平成26年、ほくろのがんと呼ばれる皮膚がんの「メラノーマ」の新たな治療薬として、厚生労働省から承認されました。体の免疫の機能を活性化させて、がん細胞を破壊する新しいタイプのがん治療薬で、手術が出来ないほど進行したがんを縮小させるなど、これまでの抗がん剤にはなかった治療効果が確認され、世界に先駆けて承認されました。

当時、予想された年間の患者数はピーク時で470人。売り上げは31億円が見込まれていました。しかし、平成27年に肺がんなどの効能が追加されると、予想される患者の数は1万5000人、売り上げの予想も1260億円に拡大しましたが、薬の価格は変わらず100mgでおよそ73万円。非小細胞肺がんの場合、1回3mg/kgを2週間間隔で投与。体重60キロの成人に対して、1年間継続して投与された場合、およそ3500万円の医療費が必要と試算されています。効果があるのは投与された患者のおよそ20%といわれていますが、どの患者に効果があるのかを見極めるのは難しいとも言われています。

“システムが持たない”

「一気に財政がひっ迫する」。ことし4月、財務大臣の諮問機関、財政制度等審議会で、1人の医師が訴えました。日本赤十字社医療センターの國頭英夫部長。高額薬と財政の問題に警鐘を鳴らしています。國頭部長は、審議会で「肺がんの患者は2015年に推定で13万人いる。この中でオプジーボの適応になるタイプの患者は10万人くらい。少なく見積もって、5万人に1年間、この薬を使うとすれば1兆7500億円かかる。このほかにも高額な薬は出てくる。これでシステムがもつかというと、私はもたないと思います」と述べました。

医療費は、一部の自己負担と、保険料や公費で負担されています。高額な医療費については、患者の負担が重くなりすぎないように、上限を設けて国が費用の一部を負担する「高額療養費制度」があり、結果的に高額な薬が増えれば、それだけ国の財政を圧迫することになります。薬の価格は、2年ごとに中医協=中央社会保険医療協議会の答申を踏まえて、国が見直していますが、高齢化の進展に加えて、医学の進歩により、高額な薬が次々と開発されているため、薬価の見直しが追いついていないと指摘されています。

厚生労働省によりますと昨年度(平成27年度)の医療費はおよそ41兆5000億円。前の年度に比べて、3.8%増えて、過去最高を更新しました。政府は「次の薬価改定までの1年半、オプジーボの価格を放置すると医療費に与える影響が大きすぎる」として、再来年の薬価改定を前に、オプジーボの価格の緊急の引き下げを検討することになりました。

しかし、遺伝子組み換え技術などを応用して、微生物や細胞が持つたんぱく質を作る力を利用して製造される「バイオ医薬品」は、一般的な医薬品と比べて構造が複雑で、非常に多額の開発費がかかるという特徴も指摘されています。オプジーボのような高額な医薬品は、今後も、どんどん開発される見通しで、政府は薬価制度の見直しも迫られています。

社会保障費の抑制が最重要課題

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こうした「医療費」をはじめ、「年金」、「介護」、「福祉」などにあてられる国の「社会保障費」は、今年度当初予算で31兆9700億円。予算の中では、公共事業費や文教費などを上回り、最大の歳出項目になっています。いわゆる団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となる2025年には、医療費や介護費の急増でさらに膨らむ見通しで、政府は、高齢化に伴う社会保障費の伸びを今年度から3年間で1兆5000億円に抑える目標を掲げています。

これから年末にかけて、来年度予算案の編成が行われますが、各省からの概算要求の段階で6400億円ある高齢化などによる社会保障費の伸びを5000億円程度に抑えられるかが焦点で、財務省はオプジーボの価格の引き下げ以外にも、社会保障費の歳出抑制にむけた改革案を提示しています。

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改革案のひとつが「高額療養費制度」です。70歳以上の人の優遇措置を見直し、一定の所得がある人には若い世代並みの負担を求めることを検討しています。また、75歳以上の人が対象の「後期高齢者医療制度」で、所得が低い人などの保険料を最大で9割削減する特例措置の廃止や「かかりつけ医」以外の医療機関を受診した場合、患者の負担を増やす新たな制度の導入も検討しています。

改革と負担のせめぎ合い

財務省が示した案の多くは、高齢者について、年齢ではなく、経済力に応じて医療費や介護費を負担してもらうもので、それにより社会保障給付を抑えたい考えです。負担増となる高齢者も出てくる可能性があり、反発も予想されます。このため与党の一部からは、こうした社会保障の改革に慎重な声も聞こえてきます。
しかし、2025年には団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり、2012年度と比べ、医療費は1.5倍の54兆円、介護費は2.3倍のおよそ19兆8000億円にまで膨れ上がる見通しです。

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財政問題に詳しい慶応大学の土居丈朗教授は、「2025年には団塊の世代が、75歳以上になって、ますます医療と介護の費用がかかってくるということが、もうすでにわかっている。今のまま同じように医療が受けられるようにするならば、相当重い負担が税金や保険料として、われわれの肩にのしかかり、今の現役世代がその負担を負うことになる」と話して、若い世代への負担が重くなりすぎることを懸念しています。
厳しい国の財政状況と急速な高齢化を踏まえながら、社会保障制度を持続可能なものにするために、受益と負担の折り合いをどのようにつけていくのか。改革の議論に残された時間は多くはありません。

後藤匡
報道局経済部
後藤 匡 記者
平成22年 NHK入局
福井局、松江局を経て
現在 財務省担当