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和牛高騰 北海道に脚光

日本で独自に改良され、霜降り肉で知られる和牛。世界的にも高い評価を受け、輸出の伸びも期待されています。この和牛、九州が全国最大の産地ですが、今、北海道で和牛の子牛の大規模な生産に乗り出す企業が次々と現れています。背景にあるのが、子牛の減少と、それに伴う和牛の価格高騰です。和牛の生産現場の実情や始まった新たな動きについて解説します。(帯広放送局・佐藤庸介記者)

和牛子牛の価格 「異常な」水準に

「こんな値段、異常だ」

ため息混じりの声をいったい何人から聞いたことでしょうか。ことし4月、全国最大の和牛の産地、鹿児島県の競り市場を訪ねたときのことです。

子牛を育てて肉用の牛を生産する肥育農家が、よい子牛を仕入れようと各地から集まります。今、この子牛の価格が大幅に上がり、奪い合いになっています。

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この日を含めた4月の1頭当たりの平均価格は前の年より20万円以上高い86万円と過去最高値に。100万円を超える子牛も続出し、そのたびに場内ではどよめきも起こりました。4年ほど前には40万円台だっただけに、買い手からすると異常な値上がりに見えるのです。

子牛の高騰は、和牛の小売価格の上昇を招いています。和牛の一般的な「肩肉」は3年前は100グラム・400円台でしたが、ことしは600円以上に上昇。つられる形で、和牛以外の国産牛肉も値上がりが続いています。

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続く離農と子牛の減少

大きな背景には、子牛を生産する繁殖農家の離農が続いていることがあります。全国の繁殖農家の戸数は、去年、およそ4万7000戸。10年で実に4割近くの減少になっています。

鹿児島県内でも和牛の生産が盛んな鹿屋市で取材した68歳の女性は、40年近くにわたって数頭の母牛を飼い、子牛を生産してきましたが、ことし3月、離農しました。「体力が衰えてけがが怖くなった」と言うのです。女性のように、高齢化に伴う小規模な繁殖農家の離農が後を絶たないのです。

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子牛の価格が上がっているのなら、なぜ生産が増えないのかという素朴な疑問も湧いてきます。これについて取材をしていると、和牛の価格は変動が大きいため、生産を増やすための投資に踏み切れないという声を多く聞きました。

和牛の生産は息の長い事業です。母牛を買ってきても種付けして、子牛を産むまでほぼ1年。子牛として売れるまでさらにおよそ9か月かかります。いくら今は子牛の価格が高いといっても、2年近くもたてば値下がりしているかもしれません。このため、生産を増やそうという農家がなかなかいないのです。

九州での子牛調達は限界に

市場で子牛の奪い合いが続くなか、対応を迫られているのが大手食肉加工メーカーの伊藤ハムです。この会社のグループは、主力事業の1つとして九州南部を拠点に子牛を育てて和牛の肉を生産していて、思うように子牛が調達できなくなると大きな打撃です。

このため、3年前から、宮崎県でみずから大規模な子牛の生産に乗り出しました。生産規模を徐々に拡大し、来年3月には飼育頭数が7000頭に上る見通しです。グループではさらに生産を増やしたい考えですが、それには限界があります。

宮崎では、餌の牧草などはすべて輸入しなければならず、年間7億円以上かかります。さらに牛から出てくるふん尿の処理にも多額の費用がかかり、この場所でのこれ以上の拡大は難しいと言うのです。

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和牛生産 活路は北海道

そこで活路を求めたのが北海道でした。ことし2月、北海道東部の浦幌町に、1600キロ離れた宮崎から50頭の和牛が運び込まれました。子牛を出産する母牛です。この日、浦幌町は氷点下20度まで冷え込み、牛の体からは水蒸気が立ち上っていました。宮崎からの輸送は2日がかり。牧場の担当者は、肝臓の機能を高める注射を打つなどして牛の健康の維持に気を遣っていました。

リスクがあるにもかかわらず北海道に進出したのは、自前の畑で牧草が採れるため、輸入する餌に頼らなくてよいこと、そして、ふん尿をたい肥にして畑にまくことで処理費用も安く抑えられるといったメリットが期待できるからです。

母牛は、環境の変化に耐えて健康を保っているということで、グループでは、ことし中に600頭の母牛を輸送して、来年から子牛の生産を始める計画です。

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和牛生産のカギはホルスタインに

一方、酪農王国・北海道ならではの方法で、和牛の生産を一気に伸ばしている企業も現れています。

北海道東部の上士幌町に本社があるノベルズは、1700頭の乳牛・ホルスタインを抱え、生乳生産量で全国トップクラスです。和牛生産のカギは、このホルスタイン。牧場の牛舎では、毎日のようにホルスタインの母牛から和牛の子牛が産まれています。ここでは、ホルスタインに和牛の受精卵を移植しているのです。ホルスタインから生乳を得るだけでなく、高値で売れる和牛の子牛も生産し大きな収益を得るというビジネスモデルです。

一挙両得とも言える方法ですが、どこでも大規模に展開できるというわけではありません。市販されている和牛の受精卵は高価で、数も限られているからです。

しかし、この会社では、みずから260頭の和牛の母牛を飼育し、大量の受精卵を採取できるうえ、社内の専用の研究室で受精卵の質と移植する牛の最適な組み合わせを選ぶことで、受精卵を効率的に活用しており、和牛の生産コストを大幅に抑えているといいます。

会社では、ことしおよそ900頭の和牛を生産する見込みで、4年後の2020年には3000頭にまで拡大する計画です。延與雄一郎社長は「やるからには圧倒的にコストが下がる方法を追求したい。持続可能な生産基盤を確立できることを頑張って示していきたい」と意気込んでいました。

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どうなる 和牛の値段?

北海道で相次ぐ和牛子牛の生産拡大の動きは店頭に並ぶ和牛の価格下落につながるのでしょうか。

そう思いたいところですが、業界関係者の間では「高値は当面、続きそうだ」という見方が支配的です。子牛の生産農家の離農が進み、子牛の減少がまだ続くと予想されています。加えて、今、和牛の小売価格以上に卸売価格が上がっています。スーパーは、値上げすると消費者が離れてしまうと考えて、十分に転嫁していないのです。

ですから、今後、多少、卸売価格が下がっても小売価格には反映されにくいとみられているのです。

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日本農業の先行きを占う和牛

和牛は、TPP=環太平洋パートナーシップ協定が発効して外国産の牛肉が今までより安く輸入されるようになっても、品質が高いことから、直接、影響を受けず、むしろ、輸出の機会が広がると言われています。

ところが、取材を進めると、肝心の生産基盤の足元が大きく揺らいでいる実態が分かりました。それだけに、牧草地が多く、餌を自前で確保できる北海道のような地域で、どこまで生産を拡大できるかが注目されます。

ただ、乳牛に和牛を生ませるという取り組みは、行きすぎると、今度は乳牛が少なくなってしまうという別の懸念を生みかねません。生乳の生産は全国的に減る傾向にあるため、乳牛の数を確保しながら和牛も増やすというバランスも考える必要があります。

消費者の中には「和牛は高級なので縁遠い」、「高くて買わないから自分には関係ない」と感じる方もいるでしょう。しかし、高齢化や担い手不足は、日本の農業全体が抱える共通の課題です。それだけに、和牛を安定的に生産し続けられるかどうかは、TPP時代に日本の農業が生き残るための1つの試金石だと考えると、和牛高騰や産地の変化という今の動きへの見方が少し変わるのではないでしょうか。

佐藤庸介
帯広放送局
佐藤 庸介