郊外住宅地の見えない空き家

一見、手入れが行き届いていても、
昼間から雨戸を閉ざしたままの住宅が
あちらこちらに見つかりました。

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“見えない空き家”

都心までバスと電車を乗り継いで1時間半余り。横浜市南部にある郊外住宅地です。昭和40年代に開発が始まり、都心で働く多くのサラリーマンがマイホームを購入して移り住みました。

住宅地を訪ねてみると、広い道路脇に小綺麗な住宅が整然と並ぶ、典型的な日本の郊外住宅地が広がっていました。どの住宅にも広い庭と車庫があり、近くには緑豊かな公園が点在しています。小高い丘の斜面に造成されたため、天気のよい日には遠くに富士山を望むこともできます。正直、一度はこんな家で暮らしてみたいと感じました。

今、この住宅地でも空き家が目立ち始めています。よく見てみると、一見、手入れが行き届いていても、昼間から雨戸を閉ざしたままの住宅があちらこちらに見つかりました。この地区の住宅は合わせて約1500戸。このうち、空き家の数は50戸余りに上るということです。

開発から40年余り。多くの住民が住宅地とともに年を重ねてきました。子どもたちは独立して都心に移り住み、残された夫婦は定年を迎え、60代から70代を迎えています。住宅地では、老人ホームに入居したり、病気になったりして、住み慣れたわが家を離れる人が相次いでいます。また、夫婦2人では広すぎる一戸建てや駅までバスを使わなければならない交通の不便さを嫌って、駅前のマンションなどに引っ越す人も増えています。

転機を迎えた郊外住宅地

「もっと若い人にここに移り住んでもらって、かつての活気を取り戻したい」

私たちが訪ねたとき、多くの住民からこうした声を聞きました。確かに広い庭や緑豊かな公園は、子育てには理想的な環境です。
しかし、いくら空き家があっても、地元の若い子育て世代が簡単に手を出せる価格ではありません。また、厳しい建築協定が結ばれているため、土地を分割して売却したり、アパートなどの集合住宅を建てたりすることもできません。良好な環境を維持するための配慮が、かえって若い子育て世帯が移り住むことを阻んでいるのです。

住民の1人は「地域のスーパーは閉店し、中学校も来年には統廃合されます。今は元気だからまだいいですが、10年後、20年後を考えると、このまま住み続けることができるのかどうか、本当に不安です」と話していました。

明治大学文学部の川口太郎教授は、日本の郊外住宅地は、大きな転機に立たされているといいます。

高度成長期に開発された郊外住宅地は、都心に勤めるホワイトカラーと専業主婦の核家族世帯が移り住み、数々の“郊外神話”を生み出してきました。こうした住宅地では、居住者の高齢化が進み、世代交代の時期を迎えています。しかし、子どもたちのライフスタイルは、親の世代とは大きく異なります。多くの家庭が共働きを選び、交通の便のよい都市部のマンションなどを嗜好するようになっています。『専業主婦と核家族』を念頭に置いた郊外住宅地の設計思想が、ニーズに合わなくなっているのです。

(川口太郎教授)

空き家と高齢化 あなたの地域は?

都市部で増える“リスク空き家”

管理が行き届かずに老朽化した空き家は、
周辺の環境や景観に“リスク”をもたらすおそれがあります。

空き家の種類と推移

空き家率 過去最高に

「空き家率が過去最高の13.5%に」 ことし7月、空き家に関する国の統計が発表され、新聞やテレビで大きく報道されました。

私たちがイメージする空き家は、国の統計では「その他」に分類されます。「その他」空き家とは、当面、売却や賃貸などで活用される予定がない空き家です。建て替えなどのために取り壊すことになっている一時的な空き家も含まれますが、居住者が死亡したり引っ越したりしたあと、住宅を継ぐ子どもや親族がおらず、売却にも賃貸にもまわせない、使う目的のない空き家が多いとみられています。こうした空き家は、管理が行き届かずに老朽化し、景観や環境などの面で、周辺地域に“リスク”をもたらすおそれがあります。こうした空き家を私たちは“リスク空き家”と呼ぶことにします。

7月に発表された平成25年の「その他」空き家の数は全国で318万戸。率にして5.25%と、それほど深刻な数字には見えません。しかし、その数は「賃貸用」や「売却用」を上回るスピードで増え続けています。

都市部で増える“リスク空き家”

“リスク空き家”というと、多くの人は過疎化が進む地方の風景を思い起こす人が多いかもしれません。

しかし、実際には、“リスク空き家”を含む「その他」空き家の数は都市部に集中しています。最も多いのは大阪府、次いで、東京都、兵庫県と続いています。大阪府の「その他」空き家の数は、最も少ない鳥取県の10倍以上に当たります。

さらに人口の減少が、都市部の“リスク空き家”の増加に拍車をかけることが予想されています。

厚生労働省の平成25年の国民生活基礎調査によりますと、65歳以上の単身・2人世帯の数は、東京都で約137万世帯、大阪府で約100万世帯に上ります。こうした人々が住む住宅が、将来、空き家になれば、“リスク空き家”になるおそれがあるのです。

「その他」空き家と高齢者の単身・2人世帯

“リスク空き家”がもたらす影響

都市部に“リスク空き家”が増えると私たちの暮らしにどのような影響が出るのでしょうか。

東京大田区の住宅街にある空き家です。周辺の住民によりますと、5年ほど前から人が住まなくなったということです。築40年以上にはなるとみられ、管理が行き届かないまま放置されたため、ブロック塀や瓦などが崩れて隣の住宅の敷地や路上に落ちてくることもあるということです。
近所に住む65歳の男性は「台風のときなどは、剥がれた屋根が壁にぶつかる音がすごいし、雑草なども近所の住民が自分たちで切っています。子どもたちもよく通る場所にあるので、早く解体してほしい」と話しています。

こうした空き家は、放火の対象になったり台風や大雪などで倒壊したりして、周りの住宅や通行人に危険を及ぼすおそれがあると指摘されています。
ことし3月には水戸市で空き家や空き店舗などが焼ける火事が3軒相次いだほか、東京・葛飾区でも去年5月に空き家が火元とみられる火事で8軒が全半焼しました。いずれも警察が放火の疑いで捜査しています。

355自治体で空き家対策法

このため、空き家対策に乗り出す自治体が相次いでいます。

東京・大田区は、去年4月に空き家対策の条例を施行しました。管理の行き届いていない空き家への立ち入り調査や、所有者に安全対策を促す手続きを定めています。
ことし5月には、法律に基づいて初めて空き家の強制的な撤去に踏み切りました。老朽化して屋根の一部が剥がれ落ちるなどしたため、再三、安全対策を勧告したものの所有者が応じなかったのです。

国土交通省によりますと、空き家の適切な管理について定めた条例を制定している自治体は、ことし4月1日現在、全国で355の県と市区町村に上り、全自治体のおよそ6分の1を占めています。しかも、条例を施行した自治体はこの10年で急速に増えています。“リスク空き家”への対策が、最近になって大きな課題になっていることがうかがえます。

空き家対策を推進する法案を議員立法で国会に提出する動きもあります。現在、検討されている法案では、本来、課税のために使われる固定資産税の情報を空き家の所有者の把握のために利用できるようにすることや、空き家対策を行う自治体への財政支援などが盛り込まれています。
※空家等対策の推進に関する特別措置法は、2014年11月19日に成立しました。

大田区の中山順博建築調整課長は「住宅の需要と供給が逆転して久しく、今後も危険な空き家は増え続けるとみられるため、さらに対策に力を入れていかなければならない」と話しています。

空き家対策条例を施行した自治体

郊外住宅地の着陸点

“20世紀の産物として生まれた郊外住宅地は、まだきちんと着陸できていないんです”。

“発想の転換を”

横浜のNPO法人「横浜プランナーズネットワーク」は、7年前から、空き家に関する相談窓口を設けています。

相談を受けた空き家は、交流サロンやデイケア施設などに活用するための橋渡しを行っています。郊外住宅地の空き家問題を解決するには、若い人たちに移り住んでもらうというよりは、今、住んでいる人たちにとって、より住みやすい環境をつくることが、大切だと考えているからです。

事務局の谷口和豊さんは「人口の減少が進み、すべての郊外住宅地に若い人たちが移り住み、かつての活気を取り戻すという考え方はもはや現実的ではなくなっています。空き家問題を本当に解決するには、行政も住民も、これまでの発想を大きく転換することが必要だと思います」と話しています。

野村総合研究所の試算によりますと、今後、何の対策もとられなければ、私たちにリスクを及ぼすおそれのある「その他」空き家の数は、今後10年間で1.5倍余り増え、平成35年には503万戸に増えるとしています。

高度成長期に各地に開発された郊外住宅地は、当時、都市部で働く人たちが、より豊かな住環境を求めて移り住む、いわゆる“住宅すごろく”の“上がり”と位置付けられていました。しかし、今、多くの住民が、必ずしも“上がり”ではなかったことに気づき始めています。私たちの取材に、谷口さんは次のように話してくれました。

20世紀の産物として生まれた郊外住宅地は、まだきちんと着陸できていないんです。郊外住宅地をどんな形で着陸させればよいのか、まだ、はっきりした形は見えていない。21世紀の理想の暮らし方を誰もがまだ見通せていないのだと思います。

(谷口和豊さん)

あなたの地域の空き家は?

都市部で増える“リスク空き家”

管理が行き届かずに老朽化した空き家は、
周辺の環境や景観に“リスク”をもたらすおそれがあります。

郊外住宅地の着陸点

“20世紀の産物として生まれた郊外住宅地は、まだきちんと着陸できていないんです”。