マイナス金利 問われる真価

菅澤佳子記者,山田裕規記者
日銀がマイナス金利政策を導入してから1か月。世の中の金利全般が急激に低下し、預金や住宅ローンなど私たちに身近なところにまで良くも悪くも影響が広がっています。
国も借金をして『得』をするようになるなど不思議な現象も起きています。1か月たって見えてきた“実験的”とも言える異例の金融政策の効果と課題について、経済部で金融を担当する菅澤佳子記者と山田裕規記者が解説します。

“いずれ前向きな評価に”

「マイナス金利政策はわが国では初めての経験で、企業や家計からさまざまな意見が出ていることは認識している」

15日の記者会見で日銀の黒田総裁は、マイナス金利政策に自信を示す一方、世論が歓迎一色ではないことを意識した発言もしました。しかし、効果が確実に経済・物価に及ぶと強調し、「マイナス金利の評価はポジティブなものとして定まっていくと考えている」と、時間が経てば理解が得られるとしたのです。

この1か月で世の中の金利は大きく低下しました。
長期金利(=10年物国債利回り)は今月8日、年ー0.1%まで低下。その後もおおむねマイナス圏内です。20年物、30年物の国債の利回りはかろうじてプラスを維持していますが、いずれも年1%を下回っています。
取材の中では「マイナス金利は想像以上に強力だった」(日銀関係者)という声さえ聞かれました。

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住宅ローンは「借り換え」が活発に

顕著な影響が出ているのが住宅ローンの金利です。
住宅ローンの固定金利は10年物国債の利回りを参考にしているため、各銀行は相次いでローン金利を引き下げました。

住宅ローンの相談窓口はどうなっているのか、取材に応じた東京駅前にある「ソニー銀行」の住宅ローンプラザ窓口は案の定、にぎわっていましたが、訪れる多くの客の目的は住宅ローンの借り換えの相談でした。この銀行は、3月1日、10年固定金利を2月より0.1%下げ、年0.915%(最優遇金利の場合)にしました。これを見込んで住宅ローンの借り換えの申し込み件数は2月は37%増(前年同月比)に上ったというのです。

住宅ローンの借り換えはどの程度、支払いを減らす効果があるのでしょうか。「ソニー銀行」に試算してもらいました。
例えば、住宅ローンの残高が1400万円で、残りの返済期間が10年間、2%の固定金利で月々12万9000円ずつ返しているとしたケースを想定します(賞与月加算なし)。
先ほどの年0.915%のローンに借り換えますと、諸費用を除いて月々7000円近く支払いが減り、全体の支払額は82万円少なくなるということです。

借り換えには一般に保証料や手数料、登記費用などが合わせて数十万円単位でかかりますが、金利の低下幅やローン残高が一定以上ある場合などには、諸費用を考慮しても支払額を現在より抑えることができるということです。

妻と相談に訪れた千葉県の50代の男性は、「5年前に家を建て替えたときも金利が低いと思ったがここまで下がるとは思わなかった。ローンを借り換えたほうがメリットが大きく、老後のことも考えながらベストな選択をしたい」と話していました。

支払いを減額できれば、消費や貯蓄に回すことができ、家計にはプラスです。ただ新規の住宅ローンの申し込みは伸び悩んでいるのが実情です。 ソニー銀行住宅ローンプラザの古屋健雄副所長は「今のところ借り換え目的のほうが多いが、低金利を受けてこれまでは自宅の購入を考えなかった人も購入意欲を持ち、新規の住宅ローンが増えることを期待している」と話していました。

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国・自治体の財政運営への影響は

金利の低下は国や自治体の財政運営に恩恵をもたらします。
財務省が今月1日に金融機関を対象に行った、10年物国債の入札では、平均の落札利回りがー0.024%と10年物では初めてマイナスになりました。
借金をする国が得をするという異例の事態です。

金融機関が損を覚悟の値段で国債を買うのは、国債の大量購入を続ける日銀がより高い値段で買ってくれ、結果的には損をしないと考えているからです。

ただ、うまい話ばかりではありません。
日銀も損を覚悟で国債を買い上げるわけですから、日銀自体が“減益”となります。日銀は利益の大部分を納付金として国に納めますから、日銀納付金の減少を招くおそれがあります。

地方自治体が発行する地方債の金利も軒並み低下しています。10年物国債まで利回りがマイナスになるなかで、利回りがプラスの地方債に投資家の資金が流れ込んでいます。

例えば、埼玉県がことし1月に発行した10年物の地方債の利率は、年0.41%でした。これがマイナス金利政策導入後の2月に発行した10年債の利率は0.235%、3月発行分は0.095%と急低下しています。埼玉県によりますと今後、10年間の利払いの負担は、2月発行分は1月分より3億5000万円、3月発行分は1月分より6億3000万円、それぞれ減る計算だということです。

地方債の利率の低下は公共事業や災害対策に必要な資金を調達したり、財源不足を賄ったりするための自治体の負担を減じますが、財政規律の緩みを招きかねず注意が必要です。

無視できない副作用

世の中の金利の低下は、日銀の想定どおり、あるいは想定以上です。

一方、悪影響も出ています。大手銀行は普通預金の金利を軒並み0.001%まで引き下げました。大手生命保険会社も新たに契約する「一時払い終身保険」の予定利率を相次いで引き下げ、契約する人にとっては値上げになることを決めています。

また、国内の資産運用会社11社のうち5社が、国債などで運用する投資信託・MMFの運用が難しくなったとして、顧客に資金を返還する「繰り上げ償還」を決めました。かつて人気を集めたMMFという金融商品は風前の灯火です。

全国地方銀行協会の寺澤辰麿会長(横浜銀行頭取)は16日、記者会見で「黒田総裁には金利低下で貸出による収益が減少するなど影響は非常に大きいと申し上げた」と述べ、懸念を伝えたことを明らかにしました。手堅い金融商品を選好する人には厳しい影響が出ていますし、金融機関の経営者からも懸念の声が上がっています。

これに対して黒田総裁は、『デフレ脱却を実現すれば環境は好転する。それまでは辛抱してほしい』と考えているようです。

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今度こそ経済は“動く”のか

15日の会見で黒田総裁はマイナス金利を導入する前の「異次元緩和」も「所期の効果を発揮していた」と“さりげなく”強調していました。

物価こそマイナス圏を脱したように見えますが、ことしの春闘の賃上げは期待されたほどの水準にはなりませんでした。企業経営者は目の前の金利の低下よりも、中国など新興国経済の減速や原油安による世界経済への悪影響など海外からもたらされる不安要素のほうに目を奪われがちだからです。

日銀が称する「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」。異次元緩和から一歩進めた金融緩和で経済が動き始めるのか。今度こそ活発な投資や消費につながるのか。“実験的”な金融政策の真価が問われます。 

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