西日本豪雨から4年 倉敷市真備町で追悼式

西日本豪雨から4年となる6日、甚大な被害を受けた倉敷市真備町で、犠牲者の追悼式が行われました。

4年前の西日本豪雨で、岡山県では各地で住宅が浸水し、災害関連死を含めて95人が亡くなり、いまも3人が行方不明のままです。
このうち75人が犠牲となった倉敷市の追悼式が、被害が集中した真備町で行われ、遺族や住民の代表などおよそ60人が参加しました。
式では、犠牲者の名前が読み上げられたあと、参加者全員で黙とうして、亡くなった人たちを悼みました。
式の中で倉敷市の伊東香織市長は「復興の歩みは着実に進んでいる」と述べたうえで、今後はまちのにぎわいづくりを進めるとともに「災害に強い地域づくりに取り組んでいく」と述べました。
また岡山県の伊原木知事も「災害の教訓を胸に刻み、より災害に強い岡山の実現をここに誓いたい」と述べました。
そして遺族を代表して当時87歳の母親を亡くした平松頼雄さん(69)が「このつらい経験を教訓として昨年、防災士の資格を取得しました。災害から命を守るための備えを広く伝えていきたい」と述べました。
このあと参加者が一人ずつ祭壇の前で献花を行い、静かに手を合わせていました。

追悼式に参列した大戸稔さん(88)は、倉敷市真備町岡田で被災し、妻を亡くしました。
大戸さんは「妻とは、50年以上連れ添った。悲しいほかありません。妻が『いい人生ではなかった』と言い残したことが、ずっと心残りです」と話していました。
また倉敷市真備町辻田に住む松王資子さん(81)は、経営する自動車関連工場が被災し、10年以上付き合いがあった親友の夫婦を亡くしました。
松王さんは「困ったときに相談すると親身になって考えてくれたり、町内の学習会にも連れて行ってくれたりして、本当にいい親友でした。近くに住んでいるのに、助けられなかったことを思うといつまでたってもつらい。助けられなくてごめんなさいという気持ちで手を合わせます」と話していました。

追悼式に参加した西和子さん(77)は、倉敷市真備町川辺地区で被災し、夫の孝博さんを4か月後に災害関連死で亡くしました。
西さんは「式典に参列するのは前回で最後にしようと思っていたが、主人への思いがあり参列した。年々主人への思いは募っていて、会いたいです」と話していました。
そして「過去4年間は突っ走ってきて、ようやく落ち着いてきたが、ひとり暮らしで会話する人もいないので、精神的には疲れている。周りにも体調を崩す人が多い」と話していました。