奈良 創建当時の法隆寺「若草伽藍」の南端か 溝の跡見つかる

奈良県斑鳩町で、創建当時の法隆寺があったとされる場所、「若草伽藍(わかくさがらん)」の跡から、溝の跡が見つかりました。
この溝は当時の寺の南の端にあたるとみられ、町の教育委員会は「謎が多い若草伽藍の範囲の特定につながる重要な成果」としています。

斑鳩町の教育委員会が建物の建設に先立ち、法隆寺に隣接する南側の場所を発掘調査したところ、▼幅およそ2メートル、▼深さおよそ50センチ、▼長さおよそ16メートルの溝の跡が見つかりました。
調査場所は、西暦670年に焼失したと日本書紀に記されている創建当時の法隆寺があったとされる「若草伽藍」の跡で、溝からは▼7世紀前半のものとみられる大量の瓦のほか、▼焼けた壁土などが見つかりました。
瓦は文様の特徴などから、寺の中心的な建物の金堂や塔に使われたものとみられるということで、溝は寺全体の南の端にあたる可能性が高いということです。
調査にあたった斑鳩町教育委員会の荒木浩司課長補佐は「謎が多い若草伽藍の範囲の特定につながる重要な成果だ。大量の瓦は今後の瓦の研究にとっても貴重な資料になる」と話しています。
今回の調査成果について、町の教育委員会は3月3日に現地で説明会を開くことにしています。