「海峡」を想ってくださる皆様へ…
プロデューサー 小松昌代より(2007.12.14)
まずは「海峡」をご覧下さったこと、あらためてお礼を申し上げます。新しいご報告が出来ればと思っていたのですが、こんなにもたくさんの方々が毎日掲示板を覗いて下さり、お寄せくださることに、たまらずご挨拶を申し上げます。本当にありがとうございます。私自身、ドキドキワクワクと、毎日を迎えています。放送が終了してから間もなく一ヶ月を迎えますのに、このように皆様にお会いできること、本当に嬉しくて仕方ありません。
いただいていた疑問、第一回で朋子が木戸に助けられて両親の遺骨を引き取る際、行きは手押し車で帰路は自転車でした。お寺の小屋にあった自転車で木戸は事情のわかる人間を探しに出かけました。そして役人を連れて来ます。その時の自転車を駅までの道中借用したという設定です。そして第二回、叔父の進藤(津川雅彦)の居候先から二人は博多へ向かいました。そこから米軍のLST(上陸用舟艇)で釜山へ渡りますが、博多で新しい旅立ちのための支度を整えました。わかりづらかったですか。すみません。
そしてもう一つお詫びしなければなりません。最終回で朴が「27年前強制送還された私は…」と話していますが、これは私どもの誤りで、強制送還されてから正しくは28年です。申し訳ありません。ハイビジョンの再放送はこのまま放送させてください。今後新しい展開でご覧頂く機会がございましたら、その際には訂正をさせていただきます。
また何かございましたら、お寄せ下さい。よろしくお願い致します。
それから、、、11月17日放送の「土曜スタジオパーク」の中で、韓国のスタッフから長谷川京子、眞島秀和あてにメッセージが届きその一部を紹介しました。せっかくですから、いくつかご紹介させていただきます。どれも韓国ロケでコーディネーター、通訳として活躍してくれた韓国の方々がソウルより寄せ書きを送ってくれたものです。
「実際にお会いした長谷川さんは名声通りの美人!その姿に見惚れていました。一生忘れられない思い出です。眞島さんの第一印象は『あ〜韓国人みたい』です。韓国にすごく馴染んでいて韓国語のセリフも完璧にこなして、眞島さん、絶対に前世韓国人だったと思いますよ〜!韓国と日本のスタッフが力を合わせていた現場の雰囲気が忘れられません」
「トナリのお兄さんって感じの眞島氏。撮影装備も皆と一緒に運んだりする姿、感動しました。テレビで見るより何倍も美しい長谷川さん。背中からオーラが発散されています!」「実際会ってみた長谷川さんは周りの人に自分を強制しない優しいひとでした。ハードなスケジュールで、韓国のいろんな面が経験できなかったのは残念です。眞島君、今回のドラマで礼儀正しくて堅実ないい日本の青年に会えたと思います。今までのように問題意識を持ち、愛情を持ってください。期待します」
ほとんどが戦後生まれ(脚本家とチーフ演出と何人かの出演者を除いて)の日韓スタッフが、たくさんの経験をしながら、互いに思いをめぐらし制作にあたりました。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。 |