| 演出にあたって…赤羽博
昭和30年半ばというと私がランドセルを背負い小学校に通っていた頃(あくまでもアバウトにしておこう)。めんこ、ビー玉、ベーコマ、etc。ボールと木の枝でもあれば近所の仲間がすぐに集まって三角ベースの野球、遊び場なんてどこにでもあった。陽が沈む迄、母親が呼びに来る迄、本当によく遊んだ。あの黄昏時が懐かしい。陽が沈まなければ永遠に遊び廻っていたかもしれない(もっとも、松坂慶子さんのような母親だったらすぐ帰ったかもしれないが)。しかし体を動かせば動かすほど腹が減る。だから仕方なく足は家へと向かう。卓袱台の上には焼かれ過ぎた魚の干し物と納豆(うちでは、なぜか夕食に納豆が並ぶのである)。ああ、それなのに陳さんの家では、当時滅多に食することが出来ない四川料理のマーボー豆腐にホイコーロー、etc。私も陳家に生まれていたら、中華の鉄人になっていたかも。それにしても、当時、母親は一日中働いていたような気がする。昭和の大人は働き者だ。そんな時代を背景に、四川料理を日本に広めた、そして「料理は愛よ」と言いきる陳建民さんとその建民さんから、「ママは神様が私にくれた最高の宝物」といわれた妻の洋子さんの生き様を、過ぎ去った時代ではあるが、それを大切に拾い集めリサイクルし、現在にも通ずる感動を、平成のちょっと元気のないお父さんとお母さんに送りたいと思います。 |