| 米ミステリーの最高峰・1997年アメリカ探偵作家クラブ賞受賞作 トマス・H・クック【緋色の記憶】のドラマ化! |
| 自由に生きたいと強く願った女性教師は、その純愛ゆえ、愛と運命に翻弄されていく。 昭和38年夏、とある田舎町に美貌の美術教師が赴任してくる。厳格な教育者の父の元で、「自由」を剥奪され鬱屈とした日々を送っていた画家志望の少年は、その奔放なまでの美術教師の「自由」な生き方に魅せられていった。 そんな彼女に心奪われたのは、少年ばかりではなかった。事態はやがて静かな田舎町を巻き込んでの「壮絶な殺人劇」へと変貌していく…。 |
| 脚本家のことば…野沢尚 |
| 原作は海外ミステリー・ファンから「珠玉の名作」と謡われた作品である。四年前、週刊文春誌のベストテンで堂々の一位に輝き、「ミステリーは文学たりえるか、という命題に対する素晴らしい回答」と書評家には絶賛された。 当時、僕はすでにミステリー作家として文壇に出ていた。脚本家と小説家という二足のわらじを履くためには、「日本の作家で、現在生きている人の小説は脚色しない」という誓いを自分に立てるしかなかった。 この心情はなかなか説明しづらいのだが、要するに、脚本家と原作者というのはどうしても敵対関係になってしまう状況が多々あって、文壇で袖すり合う作家の小説を脚色するには、相当のストレスを覚悟しなければならない。 ならば優れた素材は海外の小説で探す。 この方針から、二年前、プロデューサーには権利獲得でご苦労をかけたが、ウールリッチの名作「喪服のランデヴー」を脚色することができた。素晴らしい仕事だったと自信を持って言える。 池端プロデューサー、渡邊監督と三人で「また仕事をしよう」と代官山の焼き肉屋で話し合った時、僕の方からトマス・H・クックの「緋色の記憶」をプレゼンテーションした。「喪服のランデヴー」をあの高いレベルで描けた監督なら、このハードルも超えてくれるだろうという信頼があった。 ミステリーは文学である。ならばテレビドラマも文学たりえるのではないか? 大人の鑑賞にたえうるテレビドラマが激減している今だからこそ、この物語の哀切感を多くの視聴者に堪能してほしいと思った。 アメリカの風土。時代背景。裁判制度の違い。脚色に際しては智恵を絞らなければならないことが多くあったが、この四月、一カ月問で五本の脚本を怒涛の勢いで書き上げた。 ラスト、病魔に冒されたヒロインの許に、かつての教え子が訪れる。原罪を背負った少年の耳元に、女教師は囁く。 「もう、許してあげる」 このセリフは原作にはない。 美しいだけなく、優しく、明晰なヒロインを造形したかった。鈴木京香さんはどんな悲しげな笑顔でこのセリフを囁いてくれるのだろうか。 精緻なパズル・ストーリーというだけではなく、この物語には「純粋であることは残酷である」という人生の真理が潜んでいる。 少年時代の夏草の匂いを思い出しながら、郷愁の彼方からいつ現れるか分からない「殺意」の切っ先に、目を凝らしていただきたい。 |
| 制作にあたって…内藤愼介(NHKエンタープライズ21) |
| 「ある夏の田舎町、緋色のドレスを着た、若く美しい女性教師が少年の前に降り立った」。ドラマは、昭和38年という時代を背景に、まるで一編の詩を朗読するかのような静寂さの中から始まり、謎解きは“ミステリーの詩情をたたえた一編”と呼ぶにふさわしい趣で進んでいきます。 本当に責めを負うべき人間は誰だったのか。罪は誰と共に有るのか。一筋縄ではいかない、答えの出ない問いを、主人公の過去の記憶が美しくも線密な物語構造として蘇る。 脚本の野沢さんは、シンプルながら心に染み入るセリフ、善と悪の境目の無い人間の不思議をきらきらした言葉にちりばめ、人の心の闇をミステリアスに独特の美意識で描いてくれました。 鈴木京香さんをはじめとする出演者の皆さんの力が、広がりのある豊かな人物像を生み、記憶の迷路の中、犯罪と言うベールが一枚一枚剥がされ、誤解が罪を生み幼い理想を挫かし、計算されたジクソーパズルのように事件の核心へと導いていきます。 また、音楽を担当する岩代さんは、甘い青春の思い出、そして、時に悲しくもせつない孤独をバイオリンの旋律に乗せ盛り上げてくれました。 2003年、最初の月曜ドラマシリーズ「緋色の記憶」は、出演者、脚本、音楽、スタッフ、それぞれの頑張りで視聴者の皆さんが堪能できる良質のドラマに仕上がったと確信しています。どうぞご期待下さい。 |
| プロデューサーのことば…池端俊二(ケイファクトリー) |
| 『緋色の記憶』との出会いは今から4年前に遡る。アメリカ探偵作家クラブ賞、最優秀長編賞受賞作という長い冠が、いかにも質の高さを証明しているように思えた。一気に読み終え、映像化したいという願望が残った。ただし、外国の小説を日本に置きかえて映像化することは、けっこう難しい作業である。文化の違い、そして物語の舞台が持っている独特の空気感。更に今回の場合には、緋色のドレスの似合う女優さんにうまく巡り会えるかどうかという宿題が残された。それから数年経ったある日、脚本家の野沢尚さんと一緒に企画を考える機会があり、彼の口から飛び出したタイトルが『緋色の記憶』だった。 「繁栄から取り残された様な田舎町のバス停に、赤いドレスを着た一人の若い女が降り立つんですよ」その熱っぽい彼の言葉を耳にした時、それまで「希望」でしかなかった映像化への夢が僕の頭の中でより現実味をおびて来た。そして今…。 前回『喪服のランデヴー』の時には雅楽の東儀秀樹さんが、そして今回はクラシックの岩代太郎さんが音楽を担当して下さった。その美しい旋律の中、緋色のドレスに身を包んだ鈴木京香さんが、今、砂埃舞うバス停に静かに降り立った。 |
| 演出にあたって…渡邊孝好 |
| 記憶というノスタルジアが、40年封印されていた事件の扉を開けてしまう。2003年と1963年を結ぶ鮮やかな緋色の記憶の断片の数々、それこそがこのドラマの最大のミステリーだと思っている。そして、心の奥に潜む人間の純粋と邪悪に揺れる登場人物たちこそがサスペンスである。 太陽の輝きと月の影の魔性という二面性を秘めた緋色の女の登場が、あらゆる人間達の心を掻き乱し惑わせる。まさにノスタルジックな設定だ。 1963年という時代、当時8歳だった僕にとっての最大の記憶は、11月に起こったケネディー大統領の暗殺事件だった。遡って6月にはソ連の初の女性宇宙飛行士テレシコワの言葉「私はカモメ」が記憶に残っている。その前年には堀江謙一青年が小さなヨットで太平洋の単独横断に成功した。少年だった僕の心には世界で起こった様々な出来事が衝撃的で、早く大人になって自分自身の日で世界を見てみたい、触れてみたいと、僅かな畏れと憧れを抱きながらも心躍らせていた頃の出来事である。世界が日本に近づいて来たのだ。 そんな少年の思いが緋色の女の出現によって一気に加速し、以降40年間封印される事件の引き金をひいてしまった…。 ヒロインの鈴木京香さんには美の追求者としての彫刻家になりきる事を、いの一番にお願いした。その情熱と肉体がドラマの核だからだ。夏の暑い盛り、まさに精魂込めての熱演だったと思う。 2003年の幕開けに放送されるこの静かなるサスペンスドラマは、現在には置き忘れられた美しき家族たちの肖像のドラマでもある。そこにオールディーズの味付けもしてみた。灰色に感じる事の多いこんな時代に、そんな40年の緋色のノスタルジアをじっくりと味わっていただけたら幸いである。 |
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アナスタシア・チェボタリョーワ |
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音楽・岩代太郎さんプロフィール |
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